2021.08.10
1)ライフ・イベントとデイリー・ハスルズ
あらゆる刺激や生活上の出来事はストレッサーになりえますが、心理社会的には、①人生上の比較的大きな出来事(ライフ・イベント)と②日常的な出来事や悩み(デイリー・ハスルズ)とに大別すると考えやすいでしょう。
米国ワシントン大学の研究者、ホームズとレイは、主に①に属する出来事によって惹き起こされた生活上の変化への適応に要する労力が心身の健康状態に影響するという考え方に基づいて、1968年に「社会的再適応評価尺度」を発表しました。「配偶者の死」から「軽度の法律違反」にいたる各項目は、体験される出来事の重大性が評点づけられており、過去一年間の合計評点が心身疾患の罹患リスクに相当すると彼らは考えました。ここでは、例えば「結婚」とか「職務上の昇進」など社会的に望ましいと思われる体験もしばしば重要なストレッサーとして作用することがあるという指摘もなされています。
一方、②に区分される、隣人との軋轢とか夫婦間の不和、職場で苦手な同僚がいること等の日常的なストレッサーは、日々慢性的に作用し、すっかり解消することはなかなか難しい。それにもかかわらず、日常的で誰でもが体験するようなストレッサーなので、きちんとした対処努力が払われ難いものです。これらは配偶者との死別・離婚、勤務先の倒産や左遷処遇などといった人生上の顕著な変化(①)と比べると目立たず自覚もしにくいものであり、潜行的に作用しますが、適応や健康維持にとって、より基本的な問題だという意見があります。デイリー・ハスルズは些細に見えても無視すべからず、ということです。
2)大規模/深刻なストレッサーあるいは心的外傷性ストレッサー
配偶者の死とか職業上の挫折、結婚や離婚などのライフイベント(①)や日常的ストレッサー(②)に加えて、もう一つ理解しておかなければならないのは、大惨事や犯罪事件に巻き込まれたとか、あるいは生命を落としたかもしれない交通事故に遭ったというような極度の心的外傷体験(③)です。
③は、誰もが経験するとは限らない深刻なストレッサーとして心身に大きな影響を及ぼしますが、この影響を①や②による影響と連続的に扱うことが妥当であるかどうかについては現在も多くの議論があります。
現時点では、現象学的にも、生理学的にも、これらを厳密に区別する努力は成功していません。この用語も耳になじむようになった「心的外傷後ストレス障害PTSD」の症候を示した自然災害被災者、戦争体験者、児童虐待被害者、犯罪被害者等を対象として、甚大な外傷性ストレッサーが中枢神経系に与える影響に関する臨床的・神経科学的知見が集積されつつあるというところです。
1)生物学的抵抗力/脆弱性と心理社会的要因
ストレッサーに対する打たれ強さ/弱さ(抵抗力/脆弱性)は、個人の生物学的要因と、生育家庭環境、性格、現在の生活状況に関連する心理社会的要因など複数の要因を含んでいます。
例えばPTSD発症につながる生物学的危険因子として抽出されているのは、精神疾患の家族負因、性別(女>男)、条件づけされやすさ、ストレッサーに対するコルチゾル反応が低い等の神経内分泌的要因があります。
また、「神経質」や「内向性」等の性格特徴、児童期被虐待体験等、早期の心的外傷体験、養育者や養育態度に関連する要因(否定的しつけ、早すぎる親子分離、親の貧困や低学歴)もPTSD発症の危険性を増加させることが知られています。
2)ストレス状況を構成しやすい性格(行動)類型
特定の性格傾向と疾患との関連性についての臨床的知見が提出されています。以下の表には、「タイプA 行動様式」、「アレキシサイミア」、「うつ病親和型性格」の三者を要約しました。これらの概念には客観性(臨床的エビデンス)が乏しいとか、文化依存性もあるのではないかとの批判もありますが、診療現場では今でも一定の有用性を残している概念だと筆者は考えています。
これら3類型は、臨床的に抽出されるに至った歴史的経緯も疾患との関連性も異なっていますが、いずれも、必然的にストレッサーを自ら招きこむような生活パターンを構成し、ストレッサーへの対処も硬直的なものになりやすいことが知られています。
タイプA行動様式 Type A behavior pattern |
アレキシサイミア Alexiyhymia |
うつ病親和型性格 Typus melancholicus |
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提唱者 | Friedman & Rosenman (1974) | Sifneos (1973) | Tellenbach (1968) |
性格および 行動パターン |
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疾患と 関係 |
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特筆すべき性格/対人パターンとストレス病
(次回は「ストレス・マネージメント」についてです。)