2023.5.20
[2023/5/11 清瀬 上清戸]
この数週間はジェットコースターのように気温の上下の激しい日々でした。たしか昨年は6月のうちに気象庁は「梅雨明け」と言いましたが、その後再び雨の日がぶり返したために、「さっき言ったのは間違い、まだ梅雨でした」と判断を修正しました。
清瀬の畑には様々な「夏野菜」が植えられ、雨と太陽の光のおかげでぐんぐん成長しています。清瀬名物?のトウモロコシも、先週あたりまでは写真のように不意打ちの寒さを予防するための不織布を纏った「布入り娘」でしたが、今週には蒸れを防ぐためかシートは取り払われ、先に植えられた畝ではすでに実をつけて収穫を待っているものも目立つようになりました。
最近は昼休みを取れる日が少なくなり、せっかくの陽気なのに散歩の機会が減っているのが残念です。少し時間があった日の昼下がり、本屋さんに行こうと清瀬駅北口から西友ストアに続く回廊を通って西友に入ると、入り口左側に設置されているベンチに例の二人のご老人を見かけました。
白髪老人 (以下「白」) |
連休明けは晴れれば大体暑くなるもんだけど、この時期に30℃を超えられると、ちょっとなあ。 |
つるりん老人 (以下「つる」) |
ちょっとなあ。 あくる日は雨でまたひんやりした一日だったし。 ほんらいの季語の時期じゃないけど、初夏の「三寒四温」ってなもんだ。 |
白 | そうだよな、天気予報でも盛んに、まだ暑さに身体が慣れていないから用心しろって、しつこく言われてわかっちゃいるけどね。 |
つる | わかっちゃいるけどな、こちとらまだそんなに柔くはないって思いもね。働き盛りの時は、真夏だってネクタイを締めて長袖のワイシャツ腕まくりして、汗拭き手ぬぐいを腰にくくりつけて、あちこちの会社に営業かけてたもんだよ。 |
白 | おい、おい、つるさん何十年前のこと言ってんだよ。いまどき、まずは電話でアポとってからズームだよ。 |
つる | そうかもしれないけど、画面越しに顔合わせて、マイク越しに話して、自分や相手の真意がどのくらい伝わるもんなのかね。 |
白 | 若い人はその方が効率的で、相手にも歓迎されるって言ってるけどね。 ところでつるさん、入院したご母堂の具合はどうなんだい。 |
つる | 今のところ病院規定の月1回の面会に行ってるが、病院内のリクリエーションとか歩行リハビリとかには何とか参加しているみたいだけどね。 |
白 | よかったじゃないか。 |
つる | まあ・・・ね。栄養状態とか多少良くなってるみたいだし、悪くはないんだけどね。 |
白 | 悪くはないんだね。 |
つる | だけどね・・・ |
白 | うん、気になることがあるのかい。 |
つる | 面会に行って再会しても、シュンとしていて、あまり言葉を発しないし、こっちがあれこれ聞くとさ、「ここはおかしな場所なの。いくらがんばっても一階にも行けないし、ドアがいっぱいあってもどこからも出られないの。お化け屋敷みたい」なんてこと言うんだよね。 |
白 | お化け屋敷かって言うんだ。 |
つる | それでさ、「あたし悪いこといっぱいしてきたのよね」って言うんだ。 |
白 | 悪いこと? |
つる | それで一応説明するわけさ。「悪いことなんか何にもしてないよ、ここは病院だよ。ハイツからそんなに遠くない隣町みたいなもんだけど、この辺り、母さんは知らない土地なんだよ。一人きりで外に出たら危ないから鍵がかかっているんだよ、もう少し元気になったら付き添い外出もできるようになるよ。コロナも下火になってきたからね」とか言ってね。 |
白 | うん。 |
つる | 俺の言ったことをどのくらい理解しているかわからないんだけど、「あたしはね、悪いことしたのよ、後悔してるのよ」って言うんだよ。 「悪いこと」とか「後悔」の中身は聞いても言わないんだけどさ。 |
白 | 何かいろいろ思い出すことがあるんだろうね。 |
つる | 一人で暮らしてた時はたぶん、日々の雑事をこなすだけでもう大変だったはずだ。たっぷり食材差し入れても腐らせることが多かった。牛乳何パックもあるのに、マンション下のコンビニに買いに行って、冷蔵庫にしまおうとしたら、どういうわけか、あらこんなにあるじゃない、ってびっくりしたり。次に行ったとき、あんたあたしのいない間に冷蔵庫に牛乳買って入れといてくれたの?なんて聞くこともあった。そんなこんなで混乱して、落ち着いて考える暇もない生活から、入院後は衣食考えずに済んで、買い物に行こうかどうかも迷うこともなく(迷わせる選択肢もないし)、だけど時間だけはたっぷりあるから、あれこれ大昔の記憶をたどってるのかもしれないけどね。 |
白 | そうだね。 |
つる | でもさ、あんな言い方で涙ぐんだ表情されると、なんか俺たち罰当たりのことしてるような気にさせられるんだよ。 |
白 | それはないよ、つるさんご夫婦、入院前はせっせと通って世話したり、食事連れて行ったりしてたじゃないか。 |
つる | しかし、一体何を後悔してるんだか。 |
白 | うーん。後悔ね。 |
つる | つるさんはこれまでの人生で、今でも後悔の念に駆られることはあるかい? |
白 | 後悔ねえ。・・・はっきり言って、思い出すのはほとんどみんな後悔することばかりだよ。後悔が服着て歩いているみたいなもんだ、オレ。 |
つる | あはは、ほんとかよ。慎重な自信家に見えるけどね。 |
白 | 自信家か・・・虚勢張ってるだけだろうな。 |
つる | それじゃあ、ちょっと失礼な聞き方するけど、自分の人生全部失敗だなんて思ってるの? |
白 | まあ、そういうわけじゃないけどね。 |
つる | 受験した学校選びとか、勤めた会社とか、選んだ会社とか、家を建てる時に契約した建築会社の選び方とか、転職の決心とか、退職の時期とか、それから・・・結婚相手の選び方とか・・・ |
白 | あははは-しかしいっぺんによくそんなにたくさんの「人生の転機」みたいな項目が出てくるね。 |
つる | ああ、あんなふうに超高齢者の「後悔」とか聞いちゃうと、なんか俺自身の「後悔」も考え始めちゃってね。 |
白 | 後悔先に立たずって言うんだから、後悔する体験があるのは人間なら当たり前なんじゃないの。 |
つる | まあそうだろうけど。 |
白 | まあね。学校選びについては、現役の時は身の丈以上のところばかり受けて、ホント落ちまくったね。一浪して結局第三志望の大学に入ったが、友達には恵まれたし、尊敬できる先生にも出会えたよ。就職先は多少迷ったかな。しかし入ってみれば、まあそれなりにやりがい感を持って仕事できたし、ときには嫌な上司もいて意地悪っぽいこともされたけど、何とかめげないで配置転換まで耐えられたかな。四十過ぎの転職はさすがに一大決心だったね。かみさんも大いに不安を募らせた。でもそのこと自体は後悔していない。 |
つる | なんだ、肯定的人生まっしぐらじゃないか。 |
白 | う~ん、でもね、そういうことは普段あまり思い出さないんだよ。 思い出すのはさ、見かけはもっと小さいことで、あの時あの人にあんな言葉かけたけど、あの人のことろくに知らないまま、軽はずみな発言だったんじゃないかとか、世話になった人が病の床に臥せったと聞いて、見舞いに行かなくちゃと思いながら、仕事にかまけて、数か月後に連絡したときに、家族から急逝したという話を聞かされたときとか。 |
つる | なるほどね。そう言われれば、俺もそんな感じかな。 |
白 | 最近の話で言うとさ、ちょっと自分でも驚くんだけどね。日暮れに風呂入っていい気分で湯につかってるときに、何十年も前、ある後輩の結婚披露宴でスピーチを頼まれて話した自分の言葉がふと浮かんできて、なんであんなこと言ってしまったんだろうと唇をかんだこともあった。 |
つる | いったい何と? |
白 | 結構な雨降りの日だったからさ、話の締めくくりの方に常套句の一つで「雨降って地固まる」とかいうフレーズを入れたんだ。それはいいんだが、そのあとに「天気予報では〇川の流域では洪水にご注意くださいと言ってましたけど」みたいな余計なこと付け加えちゃったんだよね。会場から失笑が漏れ聞こえたから、あわてて「たとえそうなっても、この二人を取り囲む私たち友人が、しっかりとお二人を堤防のようにお支えしますから、ご家族はどうぞご安心ください」なんて、さらに馬鹿を追加してしまったんだ。 |
つる | たしかに、白さんにしては、ちょっと・・・ |
白 | そいうのってさ、不思議なことに、会場の雰囲気とか照明の具合とか、居合わせた客人の表情とか結構鮮明に思い出されてくるんだよ。あーやだやだ。思い出したくもないのにね。 |
つる | 今ならなんて? |
白 | そうだなあ。「畑や田んぼには雨も必要です。雨の日晴れの日空模様にかかわりなく、お二人ともお互いへの敬意を失わないように、対話が絶えることのないご家庭を築けるように、私たちからも天と地の神によろしくお願い申し上げておきたいと思います」とかなんとか。 陳腐だけど。 |
つる | さっきのよりはだいぶましだね。 |
白 | でもさ・・・なんかさ、オレは一見へりくだった話し方でも実は結局自慢話じゃないかっていうような話をする人より、言葉を濁しながらでも、後悔の気持ちが失われていない人の方がなんとなく信頼できるかな。 |
つる | ああ、語るかどうかは別にしてね。 |
白 | うん、オレたち、自分で知らないうちにいっぱい間違ったことしたり、誰かを傷つける発言してるんだよね。ぜったいに。 |
つる | そうだね、きっと。 |
白 | 後悔して、自分を責めて、責めるだけで、気力が萎えて行動力が失われるというのはうつ病か何かかもしれないから、精神科に受診した方がいいかもしれない。だけど、自分がしくじったことを忘れないで、そのこと自体はやり直せなくても、残された時間、次の自身の振る舞いに際して身を律する秤にするなら、それは無駄ではないかもしれない。 |
つる | なるほど。いつも実行するのはちょっと難しいかもしれないけれど。 |
白 | 難しいよ。 |
つる | 後悔先に立たず、か。 後悔に後悔を重ねるだけかな、俺はきっと。 |
白 | そんなことないよ、つるさん、しっかり真面目に後悔してると思うよ。 |
つる | それでさ、白さん、嫁さんの選び方については? |
白 | それは非公開。 |
つる | ・・・・・今でもしっかり一緒にいるってことが答えかな。 |