2023.7.25
[2023.7月 上清戸]
摂食障害(Eating Disorders; ED)患者の示す食欲異常とそれに関連する食行動は、生理学的には説明困難な複雑な様相を呈します。入院施設を持たない当院ではなかなか対応できない病(症候群)の一つですが、最近の診断基準の変化や新たに解明されたことについて、要点を述べたいと思います。
まず、摂食拒否(制限)と痩せを基調とする神経性無食欲症(Anorexia nervosa; AN)とは、単なる「食欲喪失」状態とは言えません。通常の食事を拒否しながら、隠れ食い、残飯漁り、多食(一時にはごく少量ずつ)などを示すことが多いからです。ある患者さんが言うには、「目標の体重を実現し、維持することができると、何かやり遂げたという爽快感に浸ることができる。身体は軽快に動き、いくら動いても疲れを感じないような気がする。でも頭の中は次に食べるもの、食べてよいものは何だろうかとばかり考えている。」
一方、過食を主徴としますが、しばしば自己誘発性嘔吐や下剤乱用などを伴うため、肥満にはなりにくい神経性過食症(Bulimia nervosa; BN)も、単純な「食欲亢進」状態ではありません。別の患者さんが言うには、「(過食の最中には)食べ物を無我夢中で口の中に押し込む。呑み込むように食べる。おなかが張って苦しくなってようやく停止できる。けれどその途端に後悔と罪責感に襲われて、全部吐き出さないと気がすまない。その繰り返し。」
このように食への恐怖と渇望が併存する矛盾に満ちた症状行動を示す摂食障害は、遺伝素因、個人病理、家族病理、社会文化的要因等々多数の要因の絡み合いによって発症し、「強迫性」と「ヒステリー(転換/解離)的心性」の混淆した精神病理を基本とする病態とされています1)。
2013年に米国精神医学会APAの公式診断基準が19年ぶりに改訂されました2)。摂食障害の基本概念に大きな変更はありませんが、今回の改訂により、DSM-IV7)における「摂食障害」と「幼児期または小児期早期の哺育・摂食障害」とが統合され、食行動障害および摂食障害群(Feeding and Eating Disorder)と大きなカテゴリーに再編成されたことが目を引きます。
DSM-5においても“Anorexia nervosa”という名称は保持されていますが、これは本症が記述された歴史的文脈-モートンの「神経性消耗病(phthisis nervosa,1689)」、ガルの「神経性無食欲症(anorexia nervosa,1868)」、ラセグの「ヒステリー性食欲不振症(anorexie hystérique,1873)」等の先駆的記述3)-に対する敬意に基づいているのでしょう。もっとも、わが国では、DSM-5のANを「神経性やせ症」と意訳し、本症の本態が単なる食欲の異常ではないことを示そうとしています4)。
またDSM-5では、DSM-IVにおける「神経性過食症・排出型(BN,purging type; BN-P)」が「神経性過食症(BN)」の単独カテゴリーに、「神経性過食症・非排出型(BN,non-purging type)」+「むちゃ食い障害(Binge eating disorder)」が「過食性障害(Binge eating disorder; BED)」に組み替えられました。さらに5種類の「他の特定される食行動障害または摂食障害」が設定され、DSM-IVにおける「特定不能の摂食障害(Eating Disorder Not Otherwise Specified; 以下ED-NOS)」の範囲を狭めています。表1に、主に幼小児期に見られるPica(異食症)およびRumination Disorder(反芻性障害)を除く主要な摂食障害と各亜型の鑑別点を示しました。
身体面からみると、脂肪組織から分泌される摂食抑制物質であるレプチン(1994)、胃から分泌される摂食促進物質であるグレリン(1999)の発見を契機として、多数の摂食調節ペプチドが同定され、食欲・摂食行動を調節する視床下部を中心とした中枢神経系と末梢臓器とのフィードバックシステムが明らかにされつつあり、摂食障害の身体面における病態理解と治療可能性に新たな光をさしこんでいます。
AN制限型(AN-restricting type; AN-R)に認められる摂食調節ペプチドの血中濃度の変化は、不食あるいは食事制限による半飢餓状態に続発する二次的変動であり、残念ながらその発症因までには迫っていません5)。しかし自然に食べるのを我慢し続けること(摂取カロリーの持続的制限)が上位中枢(認知情動性調節機構)にもマイナス方向に影響すること6)が、AN-Rという病態が確立ないし慢性化することにつながるとともに、そうした身体から心理への影響が心理的治療導入の大きな障害になる要因の一つとなっている可能性が指摘されています。
摂食障害群の諸病型のうち成人の日常臨床でよくみられるのは、AN(AN-R,AN-Binge-eating / purging type; AN-BP)、BN、BEDなどです。
今回のAPAの診断基準改訂の背景には、これまでの診断基準(DSM-IV,DSM-IV-TR)では、とくに欧米においてEDと診断される患者のうち、特定のED、すなわちANやBN の診断基準を満たさない「特定不能の摂食障害(ED not otherwise specified; ED-NOS)」が半数以上を占めるようになり、診療や研究上の準拠枠として不十分とみなされるようになったこと、さらにこのED-NOSは保険の対象から除外されていたことなどの事情があります。このため、DSM-5では、ANにおいて「無月経」項目が削除され、客観的に評価し難い「肥満恐怖」に代わって「体重増加を防ぐための持続的行動」が追記されています8)。
食物へのこだわり、自己身体像の認知障害などの中核症状、無力感、低い自己評価などの特性はAN、BN、BEDに共通している一方、AN-RとAN-BP間の違いは、AN-BPとBNの違いより大きいという意見9) があります。過食に伴う排出行動、すなわち下剤乱用や自己誘発嘔吐等は、血清電解質異常をはじめとする種々の急性変化をきたし、見かけの体重以上に身体危機につながりやすいことを考えると、病態の近接性に関してはさらに追究する必要があるでしょう。
とくに女性に関する痩身礼賛という社会的背景をもついわゆる先進諸国において、臨床閾値下の軽度のものを含めると本症は予想以上に多いと推計されています10)が、そのうち治療を求めて受診するものは一部であり、多くは一過性に収束するか自然回復していると推定されています。しかし入院を要する重篤な患者における治療困難性は、現在に至るまで繰り返し指摘されています。
本症の治療を難しくするのは、症状行為としての不食・節食や、過食・排出行為が致死的になりうる点に要約されます。Steinhausen11)によれば、AN患者の10年以上の経過観察の結果、死亡群(含自殺)9.4%、慢性化群13.7%、改善群8.5%、回復群73.2%となっており、精神疾患の中では高い死亡率と慢性化率を示しているのです。
その他の治療困難要因を列挙すると、1)治療導入への抵抗が強い。2)表面上「今の自分は痩せすぎている、体重を増やしたい」と表明しても、根強い肥満恐怖、自己コントロール欲求のために、標準体重下限程度まで体重を増やすこと自体困難であり、また一時的にそれに成功しても再発率が高い。3)基礎にある家族病理、パーソナリティの病理への精神療法的関与と身体治療を同時並行させるのが難しい、等があげられています。
わが国の厚生労働省もこうした困難性を有する本症への治療拠点を確立すべく、2014年度、補助金を用意して「摂食障害治療支援センター」となる医療機関を公募しましたが、速やかに応募する医療機関はありませんでした12)。本症に対する様々の治療法が開発されているものの、「標準的治療法」は未だ確立されておらず、多くの臨床家から困難視されている現状が窺い知れます。
入院を要するED患者は、強度の痩せや栄養障害、あるいは自傷行動、抑うつ状態、対人関係困難などしばしば心身両面の問題を抱えているので、治療は心理療法と身体療法(再栄養化)の双方が必須となります。世界各国で参照されている米国のAPA13)と英国のNICE14)の示すガイドラインの双方とも、治療の最初のゴールは体重回復であると述べていますが、身体治療を優先するのはあくまで「最初の」ゴールであり、それによって心理的治療を安全に導入する基盤を確保する必要性が強調されています。
表2にANの再栄養化のためのAPAガイドライン13)を示しました。外来患者のカロリー摂取量は明確にされておらず、治療成功の鍵となる筈の栄養素の量や質についても言及されていません。またNICEガイドライン14)は、ANの入院患者と外来患者の達成すべき週当たりの体重増加量について述べていますが、残念なことに、投与すべきカロリー数の具体的記述はありません。
Marzolaら15)は、この間隙をうめるべく、ANに対して具体的な再栄養化のプロセスを詳述した症例研究を分析し、以下のように述べています。
深刻な栄養失調状態にあるAN患者は、本人の意向に沿うばかりではなかなか回復せず、ときには入院していただき、強力な栄養再建を施さなければなりません。しかし遮二無二栄養補給をすればよいというものでもありません(そのような試みはたいていうまくいきません)。悪液質状態(顕著な痩せと栄養不良状態)にある身体が、栄養の供給に反応して、飢餓状態への適応状態を反転させようとすると、体液と電解質の不均衡(特に低リン酸血症が中心的役割を果たす)による諸症状-不整脈、多臓器機能不全等、最悪の場合には死-すなわちリフィーディング症候群16)が現れることがあるのです。
これを予防するため、バイタルサイン、血清電解質(とくにリン)、心機能を定期的にモニターし、速やかな補正が不可欠になります。また、本人の治療動機が熟していない場合には、経鼻胃管や点滴ルートを自己抜去するなどの治療抵抗的行為も現れやすいと言えます。
こうした治療場面では、本人がいちばん苦しいのですが、治療を担当する医療者も様々の葛藤状況に立たされます。救命のために強制的治療が必要となる患者に対しては、なるべく家族にも治療に参加していただき17)、患者自身が受け入れられる治療目標を繰り返し探索し、治療のレールに載せる心理的支援が並行してなされなければならないのです。
本症に関するパイオニア治療者の一人であるヒルデ・ブルックは、本症を生みやすい家族的背景を精密に記述し、現在もその精神病理学的理解の有用性は失われていません。彼女は次のように書いています。「身体が細いか太いかに関する(患者自身の)懸念は煙幕でしかなく、(中略)真の病は自分自身に関する感じ方(自己認知様式)に関係している。」さらに、「栄養障害の影響によりこうした基本的な心理的問題の一部が見えなくなる危険性」についても正当に主張18)しています。
以上述べてきたように本症患者に対する身体への働きかけは重要です。しかし体重増加に対する強烈な不安を抱く本症患者への身体的治療は、周到な心理的ケアなしに円滑に行われ難いことも忘れてはなりません。生命危機に瀕するような重篤例に対しては、精神科医(心理療法家)と内科医(小児科医)が協働し、身体管理(Administrative role)と、心理的治療(Psycho-Therapeutic role)を分担して併行させる、いわゆるA-Tスプリットの治療構造19)を援用し、心身両面に対する包括的治療が考慮されなくてはならないところにもこの病の治療の難しさがあるのです。
参照/引用文献