2023.10.31
[清瀬市 本郷]
心理テストとは,個人または集団の,性格,能力,その他の心理学的特性,およびそれらの障害を明らかにするために作成された検査法のことです。インターネットで「心理テスト」をキーワードにして検索してみると。おびただしい数のサイトがヒットします。「本当の自分とは何か」とか,恋人探しのための相性診断,様々の個人の嗜好性,職業適性,さらには,風水のような自分に合う住む場所選び等々。
ネットに挙げられた「自己チェックテスト」の中には,精神科や心療内科の診療で実際に使われているテストも含まれていますが,その実用性が科学的に証明されていないものも多いということは知っておいた方がよいでしょう。
以下に示す心理テストを実施するためには,HDS-R(認知症のスクリーニングテスト)などごく簡易なものを除いて,教育訓練を受けた心理士(公認心理師など)のスタッフが在籍している必要があります。実施には相応に時間がかかり,正確に評価して診療に役立たせるためには熟練を要することが多いからです。そのため,心理検査を用いた詳しい心理学的評価を望む場合には,大学附属病院や心理評価を専門的に標榜する診療所あるいは心理臨床オフィスを訪ねて依頼することが必要です。
明らかにしたい心理学的特性によってテストを分類すると,知能検査,性格(パーソナリティ)検査,神経心理学的検査,特殊能力検査などと区分されます。方法別には,大きく質問紙法と投影法に区分されます。
□質問紙法
行動・思考様式,性格特徴や心的葛藤の有無について多数の質問項目を設定し,被験者の自己判断による回答を集計する方法。実施も集計も比較的容易であり,集団に適用しやすいものです。しかし質問紙法は,被験者の自己認識によるバイアスが避けられず,さらに自分をどのように見せたいかという願望にも影響されるので,その人の特性を必ずしも客観的に捉えられるとは限らない弱点があります。ミネソタ多面的人格目録(MMPI),顕在性不安検査(MAS),矢田部・ギルフォード性格検査(Y-G検査)などがあります。
□投影法
比較的あいまいで多様な捉え方の可能な刺激や指示(図版や文章)に対する被験者の反応を,時間をかけて構築されたデータベースを参照しながら分析,解釈する方法。検査の目的も刺激の意味も被験者にはよくわからないので,反応や回答を被験者が恣意的に選ぶことができません。そのため,本人が自覚していない心の深層にある心的傾向や葛藤が反映されやすいというものです。ロールシャッハ・テスト,主題統覚検査(TAT),文章完成テスト(SCT),絵画欲求不満テスト(P-Fスタディ)などがあります。実施や評価に時間がかかり,熟練者が実施する必要があります。
また,ある性格特性や精神症状の有無をスクリーニングするための簡便なテストと,精密評価のもとに診療方針確立に役立てるためのやや複雑な評価手法を要するテストとに区分することもできます(表参照)。
科学的な心理テストを開発するためには,そのテストの信頼性(reliability)と妥当性(validity)を検証したうえで,標準化(standardization)という手続きを経なければなりません。
信頼性とは,そのテストによって測定される結果が一貫しているかどうかを問うものであり,妥当性とは,テストが測定しようとしている目標を確実に測定しているかどうかを問うものです。
例えば,電子体温計について思い浮かべてみてください。(コロナ禍で,レストランの入り口にも姿が映るような体温計など置かれるようになりました。)ある人がその体温計の前に立ったら37.5℃と表示されました。そんなはずはないと,もう一度少しだけ近くによって測りなおしたら,今度は36.3℃と表示されました。ほらね,とほっとしましたが,確認のためにまた少し近寄ってみたら,なんと38.0℃と出てしまいました。こんな電子体温計はあてにならない(信頼性が低い)と評価されることになるでしょう。
妥当性については,当たり前すぎてむしろわかりにくいかもしれません。例をあげてみましょう。最近の自動車ではスピードメーターだけでなく,平均速度や燃費まで表示している車種が増えました。ここでスピードメーターに表示される数字が速度ではなく,燃費(〇〇km/リットル;ガソリン車の場合)の値だったらどうでしょう。確かに車の速度と燃費は無関係ではありませんが,そのメーターでは速度ではなく燃費の数字が表れます。燃費が正しい数字だとしても,そんな「スピードメーター」(実際にはそんな車はありませんが)は,知りたい情報を教えてくれない,役に立たない(妥当性がない)ものだと言うしかありません。
もう一つ,別の例。いま何時かを知りたい場合には,時計を使います。ふつうの時計ならば時刻を知りたいという目的に対して適しているので妥当性がある,ということになります。時計と似た道具にストップウォッチというものがあり,これも時間を計る道具ではありますが,現在時刻を知るための道具としては妥当性がない,ということになります。
一方,標準化とは,その検査が測りたい対象をきちんと実際に測れるものにするための手続きです。信頼性と妥当性が検証された完成一歩手前のテストを用いて,年齢,性別,職業,経済状況,学歴など様々に特性の異なる集団を対象にして試行します。標準化とは,たくさんのデータを集めて良い問題だけを残し,またそのデータを利用して結果を解釈する基準(例えば,正常-健康と異常-病的の境界線など)まで兼ね備えることができるようにするための一連の手続きのことを言います。
繰り返しになりますが,まとめておきます。「読字能力のテスト」を例にすると,同じテストを数日の間隔を置いて実施したときその得点が大きく異なったり,テストを実施した人によって得点が異なったりするような場合は,信頼性に欠けるということになります。また,そのテストで高得点をとっても,実際に書物を読むことができなければ妥当性に欠けるということになるわけです。さらに,テストがあまり難しすぎて平均点が著しく低かったり,対象集団間でばらつきが大きかったりする場合には,テストの有用性・実用性は乏しいと言わざるを得ないので,標準化作業を繰り返して質問項目を厳選したり追加したりする必要がある,ということになります。
以下の表に使用頻度の高い心理テストをあげておきます。
表1 使用頻度の高い心理テスト ①知能テスト
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名称(発行年) | 目的 適用年齢 |
所要時間 (分) |
検査者 熟練度 |
その他 | |
---|---|---|---|---|---|
知能テスト | 改訂長谷川式簡易知能評価スケール:HDS-R(1991)※ | ・壮年期以降の認知症のスクリーニング ・50歳以上 |
約10 | 低 |
・満点30点。20点以下で認知症疑診 ・HDS-Rと類似の簡易検査であるMMSE※は,国際的に使用されている。 |
ウェクスラー成人知能検査改訂版第3版:WAIS-R(日本版;2006) | ・成人の知能を個別に精密評価し,知能構造を明らかにする ・16〜89歳 |
60〜95 | 高 | ・知的発達の状態をプロフィール表示することで,「個人内差」という観点から分析的に診断可能 | |
ウェクスラー児童知能検査第3版:WISC-IV(2011) | ・児童の知能を個別に精密評価し,知能構造を明らかにする ・5歳〜16歳 |
60〜95 | 高 | ・同上 ・幼児(3歳10カ月〜7歳1カ月)に対してはWPPSI4)がある |
※1 外来診療の合間でも実施可能な簡易テスト
※1 外来診療の合間でも実施可能な簡易テスト
表2 使用頻度の高い心理テスト ②性格傾向検査:質問紙法
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名称(発行年) | 目的 適用年齢 |
所要時間 (分) |
検査者 熟練度 |
その他 | |
---|---|---|---|---|---|
性格傾向検査 | ミネソタ多面的人格目録:MMPI新日本版(1993) | ・利用度,研究文献数の最も大きいパーソナリティテスト ・15歳以上 |
45〜80 | 中 | ・受検態度の偏りを検出する「妥当性尺度,lie scale」を含む多数の(550個)質問票 |
矢田部ギルフォード性格検査:YG検査改訂版(1965) | ・因子分析手法により抽出された質問項目により,性格の全体構造を把握 ・小学生以上 |
30〜40 | 低 | ・12の性格特性(下位尺度)のプロフィールからA〜Eの5型とそれらの混合型に範疇化する |
※1 外来診療の合間でも実施可能な簡易テスト
※1 外来診療の合間でも実施可能な簡易テスト
表3 使用頻度の高い心理テスト ③集団および個人の精神症状スクリーニング・質問紙法
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名称(発行年) | 目的 適用年齢 |
所要時間 (分) |
検査者 熟練度 |
その他 | |
---|---|---|---|---|---|
集団および個人の精神症状スクリーニング・質問紙法 | 日本版GHQ精神健康調査票(1985) | ・神経症,緊張や抑うつを伴う疾患の症状把握,評価.身体症状,不安と不眠,社会的活動障害,うつ状態の4項目に関する因子から構成される ・12歳以上 |
10〜15 | 低 | ・簡便で,集団のスクリーニングや治療経過の一指標として使える ・60項目(原版)のほかに30項目と28項目※からなる短縮版あり |
顕在性不安検査:MAS(1960) | ・種々の不安を包括的に測定し,その程度を評価 ・16歳以上 |
15〜20 | 低 | ・MMPIから,特性不安※2を評価するに適する50項目を抽出し妥当性尺度と組み合わせて作成 | |
CMI健康調査表日本版(1993)※ | ・心身の自覚症状調査と情緒的症状のスクリーニング ・14歳以上 |
15〜20 | 低 | ・内科外来患者を対象に作成された.4領域を区分する神経症判別図が付せられている | |
SDS自己評価式抑うつ性尺度(1983)※ | ・自己評価により抑うつ状態を測定する検査 ・18歳以上 |
10〜15 | 自己評点 | ・20項目の簡便な状態像検査で,集団のスクリーニングに使える | |
ハミルトンうつ病評価尺度(原版1960)※ | ・21項目の症状について5段階または3段階評価 ・うつ状態研究や抗うつ薬の臨床評価に広く使用されている ・成人 |
10〜15 | 中 | ・日本では,慶大,長崎大,北里大による3つの翻訳版がある |
※1 外来診療の合間でも実施可能な簡易テスト
※2 ある状況における一時的な情動反応としての不安を「状態不安」とよび,置かれた状況を脅威的と認知して不安な態度で反応する傾向の個人差を「特性不安」とよぶ
※1 外来診療の合間でも実施可能な簡易テスト
※2 ある状況における一時的な情動反応としての不安を「状態不安」とよび,置かれた状況を脅威的と認知して不安な態度で反応する傾向の個人差を「特性不安」とよぶ
表4 使用頻度の高い心理テスト ④性格傾向検査:投影法
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名称(発行年) | 目的 適用年齢 |
所要時間 (分) |
検査者 熟練度 |
その他 | |
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性格傾向検査・投影法 | ロールシャッハ・テスト(図版確定1921) | ・世界中で最も広く使用されている代表的な投影法の心理検査 ・言語的コミュニケーションが可能ならば適用可 |
50〜60 | 高 | ・ロールシャッハが作成したものが共通の刺激図版として用いられているが,スコアリング法は複数ある ・日本では片口式(1987)が主流であったが,国際的に広く採用されているExner法が普及しつつある |
文章完成テスト:SCT(1960/61) | ・パーソナリティを有機的に全体把握することを目的とする ・小学生用,中学生用,成人用(15〜16歳以上)の3つの版がある |
40〜50 | 高 | ・実施時には,自由反応段階と質問段階との2段階がある | |
ローゼンツァイクP-Fスタディ(1987) | ・欲求不満場面に対する反応様式から,自我防衛水準での人格の独自性を明らかにする ・児童用,青年用,成人用の3つの版がある |
15〜20 | 高 | ・テストのフルネームは,「欲求不満反応を査定するための絵画連想研究」.言語連想検査と主題統覚検査の中間に位置する |