ふじみクリニック

だから・私は・だまされる

2024.04.22


[2024.4月 入間市]

4月も半ばを過ぎ,早くも初夏のにおいが漂ってくる中,ゴールデンウィークも近づいてきました。進学や就職,あるいは転勤や配置転換など大きな生活上の変化を迎えることの多いこの4月。夢中で過ごしたわずかひと月の間に,一週間くらいでは癒せないほど心身が疲れ切ってしまうこともあります。この貴重な連休は,まずは自身の心身の傷み具合を丁寧に点検することから始めてみてはいかがでしょうか。

少し歩くと汗ばむほどの陽気の中,久しぶりに街角で例の老人二人のお喋りに出会いました。

つるりん老人
(以下「つる」)
どうだい白さん,やっと本格的な春だね。
白髪老人
(以下「白」)
って思っていたらさ,この前なんか,日中27℃くらいあってじゃない,あれれ,冬の次の季節は夏だっけ,みたいに感じたよ。
つる あはは,そうだね。
まあ毎年それなりに『いつも通り』とは言えない変化はあるんだろうけれど,秋にはサンマが取れなくなったり,台風でもないのに洪水が起こったり,山火事が起こったり,クマが里に出てきたり,ホントにこの先どうなっちゃうのかと思うばかりだ。
人間,増えすぎたんだろうね。
つる 少子化,少子化ってこっちも大変だって言われているけれど。
つるさんの体験談:「屋根修理」にご用心!
つる そういえばさ,少子化とかいうけど,家の近所に結構新しい家が建つんだよね。大きな屋敷が取り壊された跡地に,気がつくとミニ開発されて,道路も細いままなのに4,5軒のこじんまりした綺麗な家があちこちに建っている。あれは土地持ちのお宅の相続税対策かな。
建てて二,三十年くらいの我が家やお隣さんは,何年か前,同じ時期に外壁工事やリフォームしたんだけど,定年を迎える年ごろの人が主の家ではそんなお宅が身近に結構あるんだよ。
おれんとこも,そんな大がかりじゃないけど,ユニットバスを新しいものに交換して,台所にはIH (Induction Heating:電磁誘導加熱調理機)を入れたんだ。なかなか快適で,嫁さん喜んでいるよ。
つる お,それはいいね。
それでさ,先日家でぼんやりテレビ見てたらさ,ピンポンって誰かが来てね,インターフォン越しに用事を聞いたら-

「近くの家の屋根工事を請け負って実施中ですが,作業中ふとお宅の家の屋根を見たら,スレート瓦の一部がめくりあがっているのが目に入ったんです。このままだと大雨が降った時など,すぐに雨漏りはしなくても,屋根裏が湿ってカビたり柱が傷みやすくなったりしますよ」

-なんてさ。
なんて答えたの?
つる おれんとこは2年前に屋根修復工事してもらったばかりだから,そんなはずないですから,って。そしたら今度は-

「そうですか。でも最近は季節外れの長雨もあったし,毎年猛暑が続いていたし,それにこの地域で増えているカラスの糞などで,塗装が思いのほか荒れてしまうこともあるんですよ。」

-だってさ。
ちょっとしつこいなあ。
つる おれもさ,まあ理屈は通っているようなんだが,ちょっとうるさいなと思ったよ。ただ,少しだけ気になったから玄関先に出て,業者の顔見て,「うちのどこが傷んでるんだい?」って聞いてみたのさ。そしたら,うちの屋根の角っこ指さして,ここからは見えにくいから,登らせてもらったら,写メ取ってきますよ,なんて言うんだよ。よく見たら,折り畳み式の脚立かなんか持参しているみたいなんだよね。
怪しくない?
つる それがさ,その業者って30歳前後くらいの,日焼けして見るからに真面目そうな男で,丁寧に話すし,名刺なんかも出してくるからさ。おれ,聞いてみたの。
なんて?
つる ご親切にどうも。それで,そちらさんは今どこで工事しているの?
ああそうだ。聞かなくっちゃ。
つる 「(うちの前の細い道を指さしながら)その路地をずっと行って,ちょっと曲がったところです。ここからちょっと見えませんけど。」
見えないところから,つるさんの家の屋根は見えたってわけだ。
つる さすがにね。おれも気づいたから,「じゃあどんな工事してるか見たいから,そこまで連れてってよ」って言ったんだ。
なるほど。
つる そしたら,そのお兄ちゃん,少しひるんだが,作り笑いして,「ああわかりました。それじゃあ,ここに車回しますから少し待っててください」って言い残して,脚立担いで,すたすた歩いて路地曲がっていって・・・
いなくなっちゃったんだね。
つる そうそう。
白さん体験談:「おれは大丈夫」が一番あぶない。
白さんは,しばらく腕組みをしてなにやら考えています。白さんにも何か思い当たることがあるようです。
まあね,おれたちも高齢者だし,「認知症」一歩(半歩かも)手前だから危ないかも,と人には言うけれど,実のところはニュースで報道されるたびに,《あんな詐欺にどうして引っかかるのかな》,《ありえないよな》と,自分は大丈夫だと自信がある人の方が多いかもしれない。
思い出すのはさ,もう7~8年くらい前のことなんだけどさ。
つる 興味あるね。
今は施設に入っている伯母さんがまだ一人暮らししているときなんだけど。伯母さん80歳台半ばくらいだったかな。子どもに恵まれないまま,義伯父と死別してから一人暮らしで。近くのマンションに住んでたもんだから,おれはまあ半分息子みたいなものだったのさ。気丈なしっかり者で,新聞なんか隅から隅まで読む人でね。
つる 目もよかったんだ。
そうさ。それがね,ある休日の夕刻,電話がかかってきたんだ。
「白ちゃん助けて。金庫が開かなくなくなっちゃったのよ。すぐにお金がいるわけじゃないけれど,明後日,ちょっと大きな買い物の支払いで,お金おろすのに銀行印がいるのよ。ほら,私落とすの怖いから,以前からキャッシュカード作ってないでしょ。」
つる なるほど。
しっかり者のあの伯母さんがオロオロしているものだから,すぐに駆けつけて様子を聞いたんだ。
つる そしたら?
押し入れの一番奥に鎮座していた金庫は結構大きくて重くて,衣類やその他全部どかして,どうにかこうにか押し入れの外に出したわけさ。それから開けようとしたんだけど,だいぶ古い金庫で鍵も少し歪んでいたし,3重のダイアルも錆が浮いててどうもカチッと合わない。錠の内部の歯車が摩耗とかしているのかなって,素人判断だけど。休み明けに金庫屋さんに来てもらったら,って話したんだけど,この時は伯母さん妙に焦っちゃってて,今日のうちに何とかならないかって。
落ち着いた後でよく聞いたら,長いお付き合いの親友が深刻な病気になったが,どうやら手元不如意で,入院保証金を貸してあげる約束をしていたみたいなんだ。
つる そうなんだ。それでどうしたの?
つるさんみたいに,スマホでさ,金庫開錠業者を検索したわけ。
つる ある,ある,水漏れ水道工事なんかの緊急対応業者なんかもあるよね。
そうそう,いっぱい出てくるわけ。「〇市内なら30分以内。出張料金5千円,見積もり後の追加代金なし」とかうたっているところの一つに電話かけたわけさ。そしたら電話に出た相手は,言うのさ。

「そのまま少々お待ちください。近くの救急対応可能な作業車をお探しします・・・・・・・あ,幸いお近くで依頼のあったご家庭の作業があと5分くらいで終了するようです。15分もしたらそちらにお伺いできます。」
「それじゃあお願いします。料金はホームページに載っている範囲ですね。」
「えっと・・・そうですが,最低出張費は7千円かかります。HPは少し古いもので,人手不足のため料金改定させてもらっています。あとは金庫や鍵の種類を見てからお見積りすることになります。」
「まあ,お願いします。」

業者Aはほんの5分くらいでマンションの入り口に到着し,大きなツールボックスを持ち込んできた。

伯母の金庫を矯めつ眇めつして,何かの機材で叩いたり隙間にねじみたいなのを差し込んだりして,それでも10分も経たないうちにこう言うんだよ。

「この金庫は昭和年代のものですね。しっかりした頑丈な作りです。推定ですが,このタイプの金庫には7本のブロック栓(うろ覚えだけど,そんなふうに言ってた)があります。普通に開けるのは無理なので,鍵を壊して開けるしかありませんが,それでもいいですか。」

伯母は焦っているから,言うわけさ。
 「壊していいです。古い金庫だし,重たいし。もうお金は銀行に全部預けますから。」

業者A
 「わかりました。すぐにできると思います。ただ・・・7本のブロック栓ですから・・・特殊な機材を使うので,技術料として1本につき3万円ほどかかります。」

 「それじゃ,7本で21万円っていうこと !!??」
業者A
 「そうです・・・でも・・・サービスさせていただき,区切りよく,消費税込み20万円でいかがですか。」
伯母
 「すぐに飛んで来ていただけたし,開かないと困るから私それでもいいですよ。」

 「ちょっと,ちょっと待ってよ,20万円って。伯母さん,明後日,いくら要るのか聞いてないけど,必要な金額はおれが立て替えてあげるよ。こんなのホームセンターとか持っていったら,そんなにかかるはずないし。」
業者A
 「ああ・・・でもこの金庫開けるのはちょっと骨ですよ。どこのホームセンターにも開錠機器が常備されているわけではありませんし。待たされるかもしれません。」
伯母
 「白ちゃん,開けてもらいたいわ。」
業者A
 「(間髪を入れず)お困りのようですから,それではブロック栓1本当たり1万円でどうですか。」
伯母
 「白ちゃん!」

 「それでも7万円って高くない? 出張費だけで今日は帰ってもらおうよ。」
業者A
 「(腕組みして計算機かなんか取り出して,数字打ち込んだりするふりしながら)参りましたね。それじゃあ,さらに値切って半額の3万5千円ですぐに開錠します。もしかしたらブロック栓7本以下かもしれないし。」

・・てなやりとりでさ,おれも伯母の懇願するような視線に負けてさ,その値段で妥協したのさ。
つる なるほどね。丁々発止のやりとり,かな。
丁々発止どころか,向こうにしたらきっとシナリオ通りだったのさ。
Aは作業を始める前に,かなりきちんとした申込書だか,契約書みたいな書類を出してきて,見積もり欄にも請求欄にも3万5千円って記入して,伯母さんと私に署名させてから,やおら開錠作業に取りかかったってわけさ。
つる 後でクレームつけられても,詐欺じゃないって証拠になるね。金庫の方はうまく開いたの?
「うまく」どころじゃないよ。大きなツールボックスから恭しく取り出したのは,何の変哲もないやや大型のドリルだけでさ。
鍵穴近くにそれでドリュリュリュリュって,穴開けてさ,ものの10秒もしないうちに,パカッて開いたよ。何が特殊機材だよ。今ならあんな金属穴あけドリル,通販でも1万円もしないさ。
つる それでも20万円ってふっかけてきたのを,3万5千円には。
ほら,つるさんもそう思っちゃうだろ。まあオレオレ詐欺みたいなのとは違うけどさ,向こうは最初から20万円なんて取ろうと思っていやしないのさ。法外な価格でびっくりさせておけば,そのあとの「半額」や「三分の一価格」が安く思えてしまうって寸法さ。
つる 確かにね。最初に3万5千円って言われたら,それは高過ぎるって思うだろうからね。「めくらまし」みたいなものだな。
そういうやり方は,「ドア・イン・ザ・フェイス(door-in-the-face technique)」っていう名前がついているらしい。それにね,伯母さん,いい人だから,「せっかく」「わざわざ」「すぐに飛んで」来てくれたって事実があるもんだから,「タダで帰したら申し訳ない」っていう感情を掻き立てられるわけだ。
つる あ,おれ,それは聞いたことがある。「返報性のルール」ってやつだ。相手に何かしてもらったらそのお返しをしないといけないって感じる心理だ。
実際開錠作業なしで帰ってもらっても,7千円っていう出張費自体,べらぼうな値段だ。時給換算したらいくらになるか,少し考えればわかることだけどね。作業車だってそこら辺回遊していて,カモ狙いしてるんだろう。
つる その時は相手の底意やシステムを冷静に考えられない。
こっちはひどく困ってるし,焦ってるんだから。
とくにいったん家に入れてしまったら,なおさらだ。
つる 認知症じゃなくたって,いくらも騙しの心理術ってあるんだよな。
狙われても自分だけは騙されるわけがないって根拠なく信じているのは,「非現実的楽観主義」というやつだ。
「ボケていないから自分は大丈夫」って思ってるときが一番危ないってことだ。
つる ボケ始めていたらもっと危ない・・・おれみたいに。
オレオレ詐欺みたいな警察いうところの「特殊詐欺」だって,よく考えてみたら,はっきりした認知症の人はむしろ対象にしていないのかもしれない。
つる そうかも。電話で話ができる(聴力や理解力がある),相手の話をきいて(騙されて),預金通帳やキャッシュカードを持って銀行やコンビニのキャッシュ・ディスペンサーまで行く(行動力),子どもや孫の危機を何とかしてあげたいと決断する(大切な人の危機を救いたいという感情と判断力)は保持されているわけだからね。
そんなふうに整理すると,特殊詐欺ってのは,最後の「大切な人の危機を救いたい」という思いにつけこんだ格別に醜い犯罪だね。(「美しい犯罪」があるわけではないけれど)
つる 「自分はひっかからない」と思っているので,自分の誤認に気づきにくい。
いったん信じてしまうと,修正が効かない。これは孤立した状況にある人によくあてはまる。自分の考えに合致した情報ばかり拾い上げてしまう「確証バイアス」が作動する。
つる なるほどね。あいかわらず,白さん詳しいね。
だからさあ,NHKで毎日夕方に,「STOP詐欺被害! 私はだまされない!」って警告コーナーやってるけど,あのキャッチコピーは「STOP詐欺被害! 私はだまされやすいから!」といったふうに変えた方がいいんじゃないかと思うんだよね。
つる その通りだね。ただ,「騙されるかもしれない」,「だから他人の言うことはいつも疑いの目で見なきゃ」と日ごろから疑心暗鬼の生き方にもつらいものがある。
それもそうだ。まあ,NHKでも散々繰り返しているけれど,電話で「お金の話」が出てきたらそれだけでおかしいと思うようにすること,その場で即答しないこと,誰かに相談してみることなどだろうね。あと,さっき言った金庫開錠の経験からは,ネットの「救急相談」はたいてい「ぼったくりビジネス」だと知っておくことかな。
つる まあ,年取ったらなおさら孤立しきらないってことだな。
あれっ?!と感じたときはおれ,白さんに電話するからよろしくな。