2025.3.31
[2025年3月25日]
いよいよ春本番です。筆者の自宅近く、小さなお寺の門前の桜の樹は、(この辺りのソメイヨシノとしては)毎年一番早く開花します。3月22日から何日か続けて4月下旬並みという暖かな日が続いたため、ずいぶん前から膨らみはじめていた花芽たちはこらえきれずにその身を開きました。この季節、先行して開花するハクレンが咲くときはポンポンと音が立つようですが、桜はひと枝ごと静々としとやかに花開きます。
暖かい陽射しと桜花の微かな匂いに誘われたのか、久しぶりに白さんとつるさんが街路のベンチに腰掛けて何かおしゃべりしています。
白髪老人 (以下「白」) |
つるさん、久しぶりだね。この前ここで顔を合わせたのは、去年の十月頃だっけ。日中はまだけっこう気温が高かったような記憶がある。寒くてカラカラに乾いた季節もようやく終わるかな。 |
つるりん老人 (以下「つる」) |
相変わらず元気そうで、白さん、安心したよ。おれたちくらいの歳になると,何か月か会わないと知らん間に「今生の別れ」になっているということもあるからね。 けれど3月は季節の変わり目で日々の気象は不安定だったね。3月後半に入って20℃を超える日が続いたかと思うと、そのあとにぐっと冷え込んだ日が来たから、桜の花もいい加減にしてくれよって思ってたかも。 |
白 | まあね。それにしても、物価高騰しまくって、こちとら年金生活者の財布は火の車だけど、東北や関西の何か所かで大規模な山火事が起こった。本物の業火にやられた住民の方にはお悔やみ申し上げたいところだ。 |
つる | まったくそうだね。テレビで見た火事の痕の黒々と焼け焦げた山肌はほんとに痛々しい。 |
白 | それでも季節は巡って・・・物事がいろいろ動き出す。 |
つる | そうだな、おれたちにはもうほとんど関係ないけど、「年度替わり」ってさ、卒業式や入学式、就職初出勤やら転勤やらで、「年替わり」の正月とは違って、「悲喜こもごも」って時期だよね。 |
白 | そう、年度替わりにはつるさんは「悲」と「喜」とどっちが多かった? |
つる | う~ん。そんなこと振り返って考えるなんてことなかったなあ。まあ若い頃を思い出せば、憧れのひとにそっぽ向かれたり、大学入試に落ちたり、期待した昇進がなかったり、悲しかったり悔しかったりということはいくらでもあったけどね。いつもまあ仕方ないねと諦めて、気を取り直して・・・。 4月新年度を迎えるにあたって、「期待に胸ふくらませた」みたいなことはさ・・・あれれ、あんまり思い出せないな。 |
白 | おれもね、30過ぎて、最初の子が生まれたときはうれしくて、なんかとにかく頑張らなきゃと思ったけど、長い宮仕えの中で、どちらかと言えば、この時期には、先輩や上司から業績(売上)増進のかけ声ばかり浴びてうっとうしい思いの方が多かった。自分自身で新たな目標立てて、さあやるぞ、みたいな思いを抱いたのは、転職したときとか、それなりに自分の企画を立ててチームを束ねる立場になったときくらいかな。そのときだって「喜び」というより、不安感とか緊張感のほうが優っていたように記憶している。 |
つる | 年度替わりとは関係ないけど、1億円の宝くじ当たったりしたら、心底「喜/嬉」の感情に浸れるのかな。 |
白 | まあね、でも・・・どんなものだろう。 |
つる | 会社とかどこか組織にずっと属していたおれたちの経験の範囲だと、年度替わりの「悲喜」って、大抵は人間関係の変化からくることが多いよな。 |
白 | そうそう、いやな上司や苦手な相手と仕事の仲間にならなきゃいけなくなったとか。 |
つる | 逆にそういう人たちと、おさらばできる時期でもある。 |
白 | なるほど。そうだよな、あと〇か月したら、自分かあの人かどちらかが異動/転勤すると考えられるっていうのは悪くもないな。 |
つる | しかし、苦手な人と一緒に何かしなきゃいけないときって、どうしたらいいんだろう。 |
白 | ストレスの一番の元凶だよ。 |
つる | ほらほら、白さん、エア・ドクターに意見聞こうよ。なんかADさん産業医の経験もあるんだろ。 |
白 | おっと、そうだな。 おーいADさーん。 |
AD | はい。ここにいますよ。ご無沙汰でした。お二人ともお元気そうで。この冬も無事乗り切ったようですね。 |
白 | まあ、いつお迎えが来るかわかんないけどね。今のところはこうしておしゃべりもできるってもんだ。 しかしADさんはいつも素早いね。あっという間に登場してくれるなんて、スーパーマンみたいだ。 それはともかく、人間関係上のストレスにはどう対応したらいいんだろう。 |
AD | ひとことで「人間関係」と言っても、単純ではありません。親子・きょうだい・夫婦関係のような血縁・家族関係や、恋人関係、友人関係、職場の上司-部下の関係等々・・・ |
つる | そりゃそうだ。やっぱり濃い関係の方が大変なんだろうね。 |
AD | そうですね。しかし「濃い関係」といっても、関係の変化が及ぼす影響度は違います。感情(情緒)的な結びつきが強い場合と、職場の上下関係や会社間の取引相手のように、うまくいくかどうかが名誉や自他の経済的利益を左右するような関係の場合とでは、関係の取り方やこじれたときの対処の仕方も違ってくるでしょう。 |
つる | そりゃその通りだね。いやな奴とどうしても付き合っていかなきゃいけないときはいったいどうしたら。 |
AF | 難問ですね。 結論から言ってしまうと、「理解しあう」とか「仲良くなる」ということを期待しすぎないことでしょうか。 |
白 | というと、いやな奴にはそっぽ向いていいと。 |
つる | 相手に合わさずに自分のやり方を通せたら、楽かもしれないけど、相手からの反発もあるよな。仕事も進まないし。 |
AD | もう少し正確に言いましょう。第一に、たいていの仕事や社会活動において、私たちが一人だけで成し遂げられることはあまりありません。したがって、同じ目的(志)を持つ人と協力することが不可欠になります。ここで「同じ目的(志)」というのは、例えばどこかの会社の社員なら所属する部署の業績を上げるとか、自分たちのチームが発案した企画を実現させることなどです。 しかし、一つの目標・目的を共有できたからといってそのチーム内の全員がその達成に同等の熱意を注いでいるとは限りません。チームの中で最初に発案した人、その企画のどんな役割が与えられているか、あるいはその企画が成功したときに、だれが一番評価されやすいかなどによって、注ぐ熱意もかける時間やエネルギーも異なると考えられます。 |
白 | たしかにね。一番下っ端の社員の発案でも、課長さんが手柄を独り占めしてしまうことだってあるもんな。 |
つる | でも経験の乏しい若い人が、経営陣に「あの企画は僕が思いついたんです」なんてなかなか言えない。 |
白 | だけど、一緒に働く仲間を「理解できない」まま、何か共同作業なんてできないんじゃないか |
AD | それはそうですね。「理解しあえるとは期待しない」ということは、「理解しあう努力をしない」ということではありません。ことは仕事仲間に限りません。どんな相手であっても、私たちが誰かと話したり、一緒に行動したりするのは、それによって相手の性格、考え方や好みを知るためです。そういうかかわりの中で、あ、この人とはうまくやっていける、同じ趣味がある、共通した考え方を持っている、などと感じたときに私たちは、もう一段階深い(親密な)関係をめざしていくものではないでしょうか。 |
つる | たしかに。 |
白 | でも、仕事だったら、性格が合わないからあなたと組みたくないとは言えない。 |
AD | その通りです。だから私たちは、共同作業しなければならない、そのために必要なところだけは、自分の領分と相手に頼まなければならない部分を整理して、合意に達する必要があるわけです |
つる | そこで意見が合わなければ議論することになるのだろうが、ときには口論になってしまうことだってあるかも。 |
AD | そうですね。職場という状況ならば、お互い相手の意見を十分に聴いた上で自分の疑問や考えを伝えるという相互対話性が保たれていることが必須です。 |
つる | それができないやつがいるんだよな。 |
白 | そうそう、とくに相手が上司だと「オレの言うことが聞けないのか」みたいに居丈高になるやつも。 |
AD | そういう社会人として未熟な人がいることは事実でしょう。けれども、上司であっても同僚であっても、そんなふうに自分の意見だけを押し通す人とばかり仕事を続けることはできません。 概ね対等に近い対話の場を設定してくれる上位上司が見当たらず、風通しの良い職場風土がまったくないと判断される場合には、突き放した言い方になりますが、さっさと職場を替えることを考えた方がいいかもしれません。 |
つる | そりゃそうだけど、転職って言ってもねえ。簡単にはねえ。 |
AD | そうですね。誰もが簡単に職を変えられるわけではありません。さらに言えば、新しい職場に行ったとしても、そこにも未知の人間関係があるわけです。 |
白 | じっと我慢の時期も必要だってことかな。 |
AD | 「我慢/忍耐」は何かを成し遂げるのには重要な資質です。「能力」と言ってもいいかもしれません。もちろん我慢にも限界というものがありますが。 一つ指摘しておかなければなりませんが、私たちの方も、自分自身の考え方や振る舞いに何も問題はないのか振り返ってみることが大切です。その仕事上の課題に直接関係しない相手の性格とか、話し方とか、食べ物や趣味の領域の好き嫌いによって、その人と合う合わない(相性)を判断している可能性はないか。どうもこの人苦手だなと思っても、その仕事に関わる部分だけ、一定期間お付き合いするだけだと割り切ることができればそれほどの「我慢」をしなくても済むかもしれません。 |
つる | 「相手を丸ごと理解しなければ何もできない」と考えるのではなく、「自分と関係する部分について相手をなんとか理解できれば、実務に必要なところについてのみ合意/妥協をめざす」という姿勢ですかね。 |
AD | そのように理解していただいていいと思います。 |
白 | ちょっと寂しいけど。 |
AD | そもそも一人の人間が他者を心底理解することは非常に難しいということを、知っておいた方がよいかもしれません。「他我理解(他我問題)」というのは今も完全には解決されていない哲学上のテーマです。 同じ時刻に同じ場所にいて、何か同じものを見ていても、私が見ている事物が、すぐ隣にいる他者が同じように見えているとは限らない。しかしまあ、今日はそういう難題に入るのは控えておきましょう。 |
白 | 感情移入とか、共感性とか。そういうのは無視しないでいいんだね。 |
AD | そうですね。私たちは、とりあえず同じ姿形をしているし、同じ言葉を話しているし、大嫌いでない人たちとなら一緒に仕事したり生活していくことはできますから、白さんの言ったような心の働きによって一定の相互理解は可能だという前提としましょう。 |
つる | それでも性に合わないというか、なんでこの人こういう局面・状況でこんなこと言う/するのかなと首を傾げてしまうことはある。 |
AD | 「同じ人間なのだから、話し合えばわかるはずだ」から、生まれも育ちも違う他人なのだから、「誰かと関わる初め(原点)のところでは、『わからない』のが当たり前」と考える。そこから出発して、話し合ったり一緒に行動したりするうちに、なにか「わかる/共感できる」こと生じたら、その都度加点式に相手の評価を深めていくのが現実的でしょう。 自分の考えや嗜好と合わないからといって、それが他者の行動を否定したり侵害するものでなければ―必ずしも同調する必要はありませんが―とりあえずそのまま受け容れておく(相手の評価はプラスマイナスゼロとみる)ことでしょう。 |
白 | なるほどね。 しかしおれとつるさんなんか、そんなめんどくさいお互いの理解の仕方してたっけなあ。 |
AD | あははは。それはすごく幸せなことだと思います。 お二人のように自然に仲良くなって、長く続く関係が一つでもあるということは、ほんとうにラッキーだと思います。 |
つる | うん。確かにラッキーだ。うれしいよ。 |
AD | 仕事関係とか近所づきあいとかいうような利害関係に縛られない誰かと接する機会を探してみることも意味があります。 |
つる | 異業種という関係だね。なんか趣味でもあればいいんだけどね。 |
白 | おれたち、おしゃべりが趣味。 |
AD | いいですね。話したいときに、話したい場所で、思いついたことを話しあう/聴きあう、何の見返りも期待しないまま。最高の関係です。 |
つる | あれ、ADさん、おれたちのことほめてるの? |
白 | まあね、「年度」は替わり、人は変わり、自分の立ち位置も変わって、そして旅は続くということかなあ。 |
つる | おっ、白さん詩人のまなざしをしてきたね。 |
AD | ちょっとまとまりのつかない話になってしまいましたが、いつもお伝えしているように、自分の心の状態はなかなか自覚しがたいものです。睡眠、食欲、疲労感など、自身の身体から響いてくるわかりやすいサインにじっと耳を傾ける時を持つことです。 |