2025.8.26
[2025年1月]
おことわり:本稿は、インターネット上に公開されている、厚労省やそれなりに権威のある医学系学会などのホームページ等を参照して、現時点で筆者が信頼性が高いと判断した医学的・医療的情報を要約したものです。多数公刊されている個々の研究論文に直接はあたっていませんので、必ずしも今後もずっとすべて正しい知見であるとは限らない点につきご了解ください。
夜型生活の不健康性は、単に睡眠時間の不足に起因するものではなく、より複雑な生理学的問題の連鎖反応の結果として捉える必要があります。その根源にあるのが、概日リズムの「内的脱同調」です。
これは、《遅く起きるため朝の光を浴びない》、《朝食を抜くか遅い時間に摂る》などの夜型生活者のパターンが、主時計と末梢時計の間にズレ(位相の不一致)を引き起こす状態を指します。この体内における時差ぼけ状態が、全身の生体機能のタイミングを狂わせ、様々な病態の引き金となるというわけです。
夜型生活は精神的な健康に大きな影響を及ぼします。
睡眠不足は、前日に蓄積した疲労の回復を妨げ、集中力や意欲の低下、そして眠気を引き起こし、その人がほんらい備えている能力、行動力を発揮しづらくします。さらに、睡眠中に脳が自動的に行っている情報の整理やストレスの解消が不十分になるため、イライラが蓄積し、気分が不安定になることが知られています。
より深いレベルでは、概日リズムの異常が精神疾患の病態に深く関与していることが指摘されています。多くの気分障害(うつ病や躁うつ病など)の患者に睡眠覚醒パターンの障害が認められ、夜型クロノタイプは、大うつ病の新たなリスク要因として挙げられてもいます。これは、複数の生体リズム(睡眠覚醒サイクル、体温、ホルモン分泌など)がずれてしまう「内的脱同調」が、抑うつ気分を引き起こす一因となっている可能性を示唆しています。
こうした精神状態への影響は、現在のところ、ホルモン分泌の連鎖的な機能不全によって説明されています。朝の光を浴びない夜型生活は、精神の安定に関わる神経伝達物質である「セロトニン」の活性化を妨げ、結果的に夜間の睡眠促進ホルモンである「メラトニン(松果体ホルモン)」も不足させてしまいます。さらに、朝、心身を休息モードから活動モードへ切り替えるのに重要な役割を果たす「コルチゾール(副腎皮質ホルモン」」の分泌が抑制されるため、朝、目覚めても床を離れること自体つらくなり、日中のパフォーマンスが低下します。このように、夜型生活は単に日中の眠気を引き起こすだけでなく、気分安定と活動性を司るホルモンカスケード***)全体を根本から乱すという、より深刻な影響を及ぼしているのです。
***)多くのホルモンは、複数のホルモンの連携によって一定レベルに維持されています。例えば甲状腺ホルモン(T3,T4)は甲状腺から分泌されますが、その上位に下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)、さらにその上位に視床下部から分泌される甲状腺放出ホルモン(TRH)によって調整されています。TRH→TSH→T3,T4という流れがあるわけですが、下流に行くにしたがってホルモン量や効果が増幅していくような反応をカスケード(滝)反応といいます。
夜型生活は、代謝機能の深刻な乱れと直接的に関連しています。
以前から夜型生活者は過食(とくに炭水化物の過剰摂取)に陥りやすいことが知られていました。過食傾向の現れには、慢性的な睡眠不足が、食欲を抑制するホルモン「レプチン」の分泌を減少させ、反対に食欲を増進させる「グレリン」の分泌を増加させることが関係しています。それだけでなく、夜型の人々は朝型の人々に比べて、安静時および運動時の両方で脂肪をエネルギーとして燃焼する能力が低いために、脂肪食品よりも血糖値を上げやすい炭水化物を好む傾向があることが明らかになっています。
つまり、夜型生活者の過食傾向(とくに炭水化物の過剰摂取)は、単に時間を持て余しているからとか、独りで過ごす長い時間の中で口淋しくなるからというだけではないのです。夜型生活は、食欲増進物質(グレリン)を過剰分泌させ、脂肪を効率的に利用するための代謝経路を機能不全に陥らせ、必然的に炭水化物を摂取したくなる欲求が高まる結果と考えられています。こうした要因が重なって、夜型生活者は肥満やメタボリック・シンドロームに陥りやすくなるというわけです。
さらに、夜型生活は個人のインスリン抵抗性を高め、その人を高血糖状態に陥らせやすくします。インスリン抵抗性とは、血糖値を下げるインスリンの働きが悪くなり、一定の血糖値を維持するためにより多くのインスリンが必要となる状態のことを言います。インスリン抵抗性は、2型糖尿病(後天性の高い生活習慣病)や心血管疾患のリスクを著しく増加させます。
不規則な睡眠持続時間、そして寝て起きる日々のタイミングの乱れは、高血圧、心疾患、脳卒中といった心血管疾患の独立したリスク因子である可能性が示唆されています。夜型生活は、前述のインスリン抵抗性の亢進や肥満、高血糖といった代謝系の乱れを通じて、心血管系に間接的に、しかし深刻な負担をかけてしまいます。勤労者の健康障害に関する労災認定基準においても、「勤務時間の不規則性」は心臓疾患の負荷要因の一つとして挙げられており、睡眠の量だけでなく、その「規則性」が重要であることが強調されているのです。
免疫系の働き方も概日リズムによって厳密に制御されていることが明らかになっています。とりわけ、感染症から身体を守る自然免疫がうまく作動し始めるには、生体リズムが維持されていることが重要です。夜型生活や慢性的な時差ぼけによってリズムが乱れると、免疫細胞の機能が低下し、感染症にかかる可能性が高まるというわけです。
概日リズムの恒常的な乱れは、がんのリスクを増加させることが複数の研究で指摘されています。医療者や警備員などの夜間勤務者(シフト・ワーカー)を対象とした研究では、女性で乳がん、男性で前立腺がんのリスクが高いことが報告されており、国際がん研究機構(IARC)****)は、「概日性をみだす交替制勤務」を「発がん性をおそらく有する」(グループ2A)と評価しています。
分子レベルのメカニズムでは、正常な細胞が持つDNA合成の日内変動が、がん細胞では異常をきたしていることが示されています。また、時計遺伝子(Per2, Bmal1)の変異が、細胞の増殖やDNA損傷の制御に関わる遺伝子(c-Myc)の発現を亢進させ、細胞のがん化を誘発する可能性があることがマウスを用いた実験で明らかになっています。さらに、夜型タイプの人は朝型タイプに比べて、早期死亡リスクが10%高いという研究結果も報告されていますから、ことは重大です。
****)国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer, IARC)とは、世界保健機関(WHO)のがん専門の機関で、発がん状況の監視、発がん原因の特定、発がん性物質のメカニズムの解明、発がん制御の科学的戦略の確立を目的として活動しています。
以下の表2に、夜型生活に関連する主要な健康リスクと、その背後にあるメカニズムをまとめておきます。
表2 夜型生活と健康リスク
健康リスク | 主要なメカニズム |
---|---|
代謝・肥満 | インスリン抵抗性亢進、脂肪燃焼能力の低下、食欲関連ホルモン(レプチン、グレリン)のバランス崩壊 |
精神・神経系 | 「内的脱同調」による抑うつ気分、セロトニン・メラトニン・コルチゾールなどホルモン分泌の乱れ、認知機能・情動の低下 |
心血管系 | 睡眠タイミングの不規則性、インスリン抵抗性・肥満・高血糖を介したリスク増大 |
免疫系 | 免疫細胞機能の概日変動の乱れ、免疫力の低下 |
がん | 交代勤務による体内時計の乱れと発がんリスクの関連、時計遺伝子(Per2, Bmal1)と細胞増殖遺伝子(c-Myc)の相互作用異常 |
早期死亡 | 夜型クロノタイプとの相関 |
上述のような夜型生活から派生するたくさんの問題は、単なる個人の選択や自己管理能力の欠如によると突き放すことはできません。この問題の背景には、「クロノタイプ」という相当程度生物学的に規定される特性と、現代社会の構造的なミスマッチが存在するからです。
クロノタイプとは、先述のように、「朝型」「夜型」といった、個人が最も活動しやすい時間帯の傾向を指す概念ですが、その約20〜50%は遺伝子の影響によって決まっています。一方クロノタイプは年齢によって変化し、思春期に夜型傾向が最も強まり、その後加齢とともに再び朝型へと回帰する傾向があることが知られています。
夜型クロノタイプを持つ人々が、学校や仕事といった社会の「朝型」中心のスケジュールに合わせて無理に早く起きる生活を送ると、「社会的時差ぼけ(ソーシャル・ジェットラグ)」状態に陥ります。個人の体内時計と社会的な時間の間にズレが生じ、平日の睡眠不足を休日の「寝だめ」で補おうとすると、このズレはさらに拡大します。その結果、慢性的な疲労感、高血圧、肥満、糖尿病、うつ病といった健康リスクを高めるということが報告されています。
こうした状況は、夜型生活の問題が、個人の努力のみでは解決しきれないことを示唆しています。とくに「超夜型」と呼ばれることがある強い夜型体質を持つ人々は、いかに努力を重ねても朝型に修正することが非常に困難なこともあります。こうした人々を無理に社会の一般的なタイム・スケジュールに合わせようとすることは、彼らの心身の負担を増大させ、慢性的な社会的時差ぼけを悪化させ、睡眠相後退症候群のような臨床的病態に発展する可能性もあります。したがって、この問題の解決には、個人の生活習慣の改善に加え、テレワークやフレックスタイム制など、社会全体が多様なクロノタイプを許容し、柔軟な働き方を模索する視点も不可欠となるでしょう。
夜型生活がもたらす健康リスクを軽減するためには、時間生物学の知識に基づいた戦略的なアプローチが必要になります。単なる「早寝早起き三文の徳」というような俚諺を押しつけるのではなく、体内時計を科学的に整えるための具体的な行動を支援する必要があります。繰り返しになりますが、光刺激や適時の食事という同調因子をきちんと認識し,活用することを強調しておきたいと思います。
まず「光」を味方につけることが最も重要です。体内時計をリセットする最強の同調因子である「朝の光」を毎朝決まった時間に浴びることが、夜型から朝型にシフトする第一歩です。起床後にすぐにカーテンを開け、太陽の光を浴びる習慣を身につけることが推奨されます。一方、夜寝る前の数時間は、強い光(特にPCやスマートフォンの画面)を避けることが不可欠です。これは、光が睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌を抑制し、体内時計を乱すためです。
次に、「時間栄養学」の観点から食事のタイミングを見直すことも見逃せません。起床後1時間以内に朝食を摂ることで、全身の末梢時計を効率的にリセットし、主時計との同調を促すことができます。朝食には、インスリン分泌を促す炭水化物やタンパク質を摂取することが効果的です。夕食が遅くなる場合は、夕方に軽食(おにぎり、サンドイッチなど)を摂る「分食」を導入することで、夜型化を抑制する効果が期待できます。
日中の活動の仕方も体内時計の調整に貢献します。適度な運動は、夜間のスムーズな入眠を促します。とくに、就寝時間の数時間前に行う有酸素運動は、就寝時間帯の深部体温の低下を促し、寝つきを良くする効果が期待できます。
しかし、個人のクロノタイプが「超夜型」である場合、これらの努力だけでは社会的なスケジュールに合わせることが困難な場合があります。このようなケースでは、無理に朝型に矯正しようとするのではなく、その人の体質に合った生活スタイルを構築することも選択肢の一つとなることは知っておいた方がよいでしょう。可能であれば、フレックスタイム制やテレワークなどの活用によって、仕事や学業のスケジュールを自身の体内時計に合わせる工夫も有意義です。
もし、夜型生活がその人の社会生活に深刻な困難をもたらし、心身の不調が続く場合は、「睡眠相後退症候群(delayed〈advanced〉sleep phase syndrome;DSPS)」といった概日リズム睡眠障害の可能性も考慮し、専門の医師に相談することが不可欠です。最近では、脳波検査や睡眠ポリグラフィ検査も実施可能な、様々のタイプの睡眠障害の治療に特化した「睡眠クリニック」なども街中にちらほら見かけるようになりました。
残念ながら当院はそうした施設ではありませんが、専門の睡眠クリニックでは、通常の睡眠生活指導に加えて、光療法や、メラトニン受容体作動薬などの薬物療法により、体内時計の調整を試みることが多いようです。
今回のコラムでは、夜型生活がもたらす不健康性が、単なる睡眠の「量」の問題ではなく、概日リズムという生命の根源的な「リズム」の乱れに起因する多層的で複雑な問題であることを述べました。このリズムの乱れは、代謝、精神、心血管、免疫、さらにはがんや早期死亡といった多岐にわたる深刻な健康リスクと密接に関連しています。
夜型生活を改善するためには、朝の光、朝食、日中の運動といった強力な同調因子を生活に取り入れることが重要です。しかし、この問題は個人の努力だけに帰することはできません。先天性の要因に左右されるクロノタイプや、夜も明かりが絶えない街でありながら、学業や仕事は相変わらず「朝~昼型」中心という矛盾を内包した現代社会システムの構造的な難題も深く関与しています。
したがって、私たちが健康な個人生活、健康な社会を築くためには、二つの視点が不可欠です。第一に、個人レベルでは、自身の体内時計の特性を理解し、その「量」だけでなく「質」と「リズム」を意識した生活習慣を再構築することです。第二に、社会全体としては、多様なクロノタイプを持つ人々を許容し、フレックスタイム制やテレワークなど、個人の生体リズムに合わせた柔軟な働き方や生活様式を現在以上に導入することです。この両輪が機能することで、現代社会における夜型生活という健康課題の根本的な解決に近づくことができるかもしれません。