ふじみクリニック

「夜ふかし朝寝坊」はからだに悪い?(1)

2025.8.26


[2025年8月]

おことわり:本稿は、インターネット上に公開されている、厚労省やそれなりに権威のある医学系学会などのホームページ等を参照して、現時点で筆者が信頼性が高いと判断した医学的・医療的情報を要約したものです。多数公刊されている個々の研究論文に直接はあたっていませんので、必ずしも今後もずっとすべて正しい知見であるとは限らない点につきご了解ください。

1「概日リズム」と現代社会における夜型生活の流行

読者の皆さんは「体内時計」という言葉を聞いたことはありませんか。

「体内時計」とは、医学上の用語としては「概日リズム(サーカディアン・リズム)」を維持する仕組みのことを言います。この仕組み(システム)は、約24時間周期で変動し反復する生物の生理学的・生化学的現象の基礎にあり、動物、植物、菌類などほとんどの生命体に存在している不可欠といってよいシステムです。

このリズムは、単なる睡眠-覚醒サイクルを管理するだけでなく、体温、ホルモン分泌、代謝、免疫機能など、多岐にわたる生命維持活動のタイミングを厳密に制御しています。この制御メカニズムの根幹には、Period(Per)、Cryptochrome(Cry)、Bmal1、Clockといった複数のいわゆる「時計遺伝子」が存在し、これらの遺伝子が生成するタンパク質の相互作用がほぼ24時間周期のフィードバック・ループを形成することで、一定のリズムを刻んでいることが分子生物学の研究から明らかになっています。

現代社会では、夜遅くまで(ときには昼夜逆転して)活動する「夜型生活」が広く見られるようになりました。こうした生活スタイルは、「夜更かし-朝寝坊」や睡眠不足に陥るといった個人的な問題にとどまらず、生命体の基本的システムである概日リズムの恒常的な乱れを招きやすいということも知られるようになりました。夜型生活がもたらす健康上の問題は、単に疲労や集中力の低下といった直接的な影響だけではありません。健康リスクは、多層的な生理学的および病理学的リスクと関連していることが、「時間生物学」の進展によって解明されつつあります。

今回は、この夜型生活がなぜ不健康であるのかということを、「概日リズム」についてやや掘り下げて解説します。体内時計の乱れが、精神、代謝、心血管、免疫といった全身の生理学的システムにどのように連鎖的な影響を及ぼし、最終的にどのような健康リスクに繋がるのかを、見ていきます。さらに、個人の体質の一つである「クロノタイプ」*)や、現代社会特有の「社会的時差ぼけ」**)といった概念を参照しつつし、こうしたリズム障害に引き続く健康リスクをどのようにしたら予防できるという生活改善策についてもいくらか触れておきましょう。

*)クロノタイプ:個人が1日の中で最も活動的になる時間帯を示す、遺伝性の高い体内時計に基づく特性。最も簡易な区分は、「夜型」vs「昼型」の二分類。

**)社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ):仕事、学校、家事などの社会活動に制約されている平日の睡眠パターンと、通常は体内時計と一致している休日の睡眠パターンとの差によって引き起こされる「平日と休日の就寝・起床リズムのズレ」を、「社会的時差ボケ(ソーシャル・ジェットラグ)」と呼ぶ。2006年、ドイツの時間生物学者、ローゼンベルグが提唱した比較的新しい概念。

2「概日リズム」の生物学的基盤:生命を司る体内時計のメカニズム

私たち哺乳類の体内時計は、単一のシステム(装置)ではなく、階層的な構造をもっています。その中枢に位置してリズム形成に中心的な役割を果たす、いわば「主時計」の機能は、脳の「視交叉上核」という場所に存在しています。

主時計は、全身の概日リズムを統合・制御する司令塔の役割を担い、その信号はホルモンや神経因子を介して伝達されます。一方、全身の末梢臓器(肝臓、腎臓、筋肉など)にも、それぞれ独自の「末梢時計」が存在し、主時計からの指示に従いながら、それぞれの臓器の機能を最適なタイミングで調整しています。

この体内時計の固有周期は、地球の自転周期である24時間とはわずかに異なっています。ヒト(生物学では、「人間」のことは「ヒト」とカタカナ書きする習慣があります)の場合は、約24時間15分から30分と少し長いことが知られています。この小さなズレを毎日補正し、外界の24時間周期に同調させるための刺激は「同調因子」と呼ばれています。夜型生活者は、この同調因子の作用をきちんと活用していないのです。

社会集団が様々に規定する時間的制約というものは、現在でも、原則的には、地球の-しかも季節によって日照時間や天候の異なる-リズムを基礎に決められています。つまり私たちがある程度成長して、学校とか職業集団に属するようになると、その始業時間に間に合うように一定の時刻に起床したり、電車やバスなどの通学・通勤手段の時間をそれなりに守って日々暮らしていかなければなりません。そのために必要となるのが同調因子です。最も重要な同調因子は、「光」と「食事」の二つです。

同調因子-光

夜明けは太陽の光とともに始まります。最も強力な同調因子は「光」なのです。

朝、目から入った太陽の光刺激は、視神経を介して脳の視交叉上核に伝達され、外界の24時間周期に合わせるべく主時計をリセットします。このリセットに何度も失敗すると、慢性的な「時差ぼけ状態」となり、不眠、食欲不振、全身倦怠感といった症状が生じる可能性があります。朝陽ではなく、夜遅くに浴びる強い光、特にスマートフォンやPCのブルーライトは、体内時計の位相を後退させ(つまり体内時計は夜だと認識しない)、入眠を促すメラトニン(松果体ホルモン)の分泌を抑制し、脳を覚醒させてしまうのです。

同調因子-食事

光に次いで重要な同調因子が「食事」です。

朝食は主時計ではなく、主に末梢時計をリセットする重要な役割を担っています。起床後1時間以内に朝食を摂ることにより、胃腸や肝臓などの末梢時計がリセットされ、脳の主時計と協調して機能し始めるという研究があります。朝食で炭水化物やタンパク質を摂取すると、血糖値やインスリンが上昇しますが、これが末梢時計のリセットに有効であることが示されています。

以上の体内時計の階層構造と、光や食事といった同調因子の作用メカニズムをまとめると次の表1のようになります。

表1 体内時計の階層(主時計と末梢時計)と同調因子(現在判明している範囲)

同調因子 主時計への作用 末梢時計への作用 備考
朝の光 体内時計を24時間にリセットする最も強力な同調因子 直接的な影響は限定的 朝の光は「概日リズムの指揮者」と呼ばれる
夜の光 体内時計の位相を後退させる 間接的に影響を及ぼす メラトニン分泌を抑制し覚醒を促す
朝 食 間接的な影響 消化酵素やホルモン分泌を介して末梢時計をリセット 起床後1時間以内の摂取が効果的
運 動 間接的な影響 体温上昇を通じて末梢時計の調節に貢献 夕方の運動は入眠を促す