ふじみクリニック

いよいよ師走です(2)

2025.11.30

   
寒冷期における健康リスク
AD ついでに、と言ってはなんですが、そろそろお二人のお声がかかり、訊かれるかと思ったこの季節の健康上の課題についてお知らせしておきましょう。
つる おっ、気が利くね。
AD 寒冷期は、①気象要因、②光環境、そして③社会活動の特異的な変化が相互に影響し合うことで、公衆衛生上も看過できない健康リスクをもたらす時期といえます。
①低温環境そのものが身体に与えるストレス、②日照時間の減少がもたらす生物学的な影響、そして③年末年始という社会的な慣習がもたらす心理社会的負荷が複合的に作用し、身体的および精神的な健康リスクを増大させるわけです。

従来の健康管理においては、身体的な病や症状(例:感染症、循環器疾患など)と精神的な病や症状(例:気分障害など)が別個のものとして扱われがちでしたが、実のところ、これらは密接に絡み合って生じています。
つまり、個人の生理学的脆弱性(自律神経系の疲弊など)を基盤とし、その上に寒冷ストレスと年末年始という時期特有の心理・社会的ストレスが重複的に作用する時節として捉える必要があるわけです。心身の健全性を維持するためには、こうした複合的な要因を理解し、統合的な予防戦略を確立することが不可欠なのです。
おっと、いきなり講義が始まったね。
AD いえいえ、ザクっとしたお話です。
つる そういえば、そんなに昔ではないニュースで、冬の風呂場で俳優さんが突然亡くなったというのがあったねえ。
AD その方の死因について詳細に報道されてはいませんが、「ヒートショック」という病態が疑われていましたね。
そうだよ、あの俳優さん、けっこう好きだったんだけどね。
ヒートショック:急激な温度変化がもたらす血管・循環器系リスク
AD ヒートショックの発生メカニズム
寒冷期における最も急性的な身体的リスクの一つがヒートショックです。ヒートショックとは、急激な温度変化に晒されることで血圧が変動し、心血管系に異常をきたす現象のことを言います。とくに北海道のような寒冷地では、家屋内外の温度差が大きくなりやすく、発生リスクが高いと報告されています。

ヒートショックの主要な発生要因は、以下のようです。
  1. 加齢や生活習慣病による血管の柔軟性の低下
  2. 環境要因、とくに室内外および室内各所の温度差
  3. 急激な寒暖差による血管の急激な収縮や拡張、それに引き続く顕著な血圧変動
  4. 冠動脈や脳血管障害(心筋梗塞,脳梗塞または脳出血等)
高齢者や持病を持つ方々は、これらの影響を受けやすいハイリスク群とされています。具体的な発生環境としては、居間やキッチンなど暖かい空間から、暖房設備のない寒い脱衣所や浴室へ移動する際のリスクが非常に高いようです。

この現象の直接的な原因は循環器系の「故障/失調」ですが、血圧の急激な乱高下は、身体がホメオスタシス(恒常性)を保とうとして自律神経系(ANS)が極端な制御努力を行うことによって引き起こされるものです。ほんらいは血圧を適正に維持しようとする自己調整機能であるはずが、悪条件が重なると、結果的にANSによる血圧調整が新たなストレスとして作用してしまうのです。このような急性のANSストレスは、たんに循環器障害のリスクを高めるだけでなく、その後の慢性的なANS疲労、すなわち寒暖差疲労がより生じやすくなる土壌を作るので注意が必要です。

さらに、自律神経系の機能不全は、倦怠感、不眠、イライラ感といった精神症状とも密接に関連していますから、身体的リスクの管理は、人それぞれが併せ持つ精神面における弱点を保護する上でも重要であることが示唆されています。
つる ちょっと、ADさん、講釈わかるけど、それじゃ、おれたちどうすればいいんですかい?
AD 個人の予防策としては、入浴前にシャワーで浴室内を温めておいたり、暖房器具で脱衣所の温度を適切に保ったりすることなどが効果的です。

さらに、湯船の温度を41℃以下に設定し、長風呂(10分以上)を控えること、そして血圧の急激な低下を防ぐための入浴前の十分な水分補給なども重要な留意点です。

また、家庭内の各所(居間、廊下、風呂場等の各空間)の大きな温度差が主要因となりがちだという事実からは、断熱性能が低い住宅に住まう人々、経費節減のため全室を暖房できないという世帯といった、経済事情に由来するリスクも浮上します。つまり公衆衛生上の課題とも言えるわけです。

したがって、ヒートショック予防のための方策は、個人の習慣改善(入浴法の見直しなど)に留まらず、住宅環境の改善支援という社会的介入策を含む必要があるでしょう。
ADさん、さっき身体的リスクが精神面にも影響するって言ったけど。
身体的ストレスが精神面に波及する経路
AD はい、その通りです。
疲労感(「冬バテ」という言い方もあります)、睡眠障害、冷え、そして感染症への罹患リスクの増大(免疫機能低下)といった身体的な不調は、直接的に気分障害のリスクを高めることが知られています。

冬季は身体の抵抗力が低下し、いわゆる風邪など、種々の感染症に罹患しやすくなる状態にあるのはご存じだと思います。様々の体調不良が重なると、身体的に消耗するだけでなく、心理的な余裕も失われ、抑うつや不安感が容易に増幅されやすいといえます。

「正気存内、邪不可干」(正気が内にあれば、邪は侵しがたい)という東洋医学の考え方にもあるように、「作息規律」(良好な睡眠や規則正しい生活)による機体*の免疫力の維持は、風邪などの感染症予防 のみならず、精神的な安定性を保つ上でも不可欠です。

*「機体」とは、東洋医学において生命活動の根本となる「気」が身体内で働く機能や状態を指す言葉。単なる物質的な身体ではなく、気が織りなすダイナミックな生命活動全体を総称しています。

身体的ストレスが精神面に波及する経路を断ち切るためには、十分な保暖防止着涼(防寒)や、免疫力を高めるための合理的な飲食と衛生管理が、冬季の健康維持の基礎となります。
つる なんかいきなり「東洋医学」がでてきたね。
ここら辺、APさんでなく、AIさんの何でも屋(つまみ食い)的なとこかもね。
季節性・環境要因に起因する精神疾患のリスクと対策
AD 節操なくてすみません。
つる まあ、いいから。役に立つから。
AD 精神的健康リスクの中でも、冬季に特異的に発症・悪化する季節型気分障害(SAD:Seasonal Affective Disorder)、特に冬季うつ病という病態があります。
なるほど、やっと本論ですか。
AD 冬季うつ病とは、特定の季節(多くの場合、秋から冬にかけて)に発症し、日照時間が長くなる春から夏にかけて自然に寛解するという季節性パターンを持つ気分障害のことです 。
臨床的には、一般的な大うつ病性障害(MDD:Major Depressive Disorder)の症状とは異なった非定型的な症候がしばしば認められる点が特徴的です。

すなわち、SADでは、過眠傾向が強く(長時間睡眠をとっても日中眠い、朝起きられない)、食欲増進(特に炭水化物への欲求)やそれに伴う体重増加がしばしば見られます。これは、一般的なうつ病で見られる不眠や食欲低下とは対照的です。

SADは、①女性が男性よりも3倍程度多く、②若い人に多い傾向があります。この背景には、冬季の寒さによる活動低下(運動不足)がホルモンバランスに影響を及ぼし、症状を増悪させている可能性が指摘されています 。
つる 冬季うつ病に対しては、「光療法」ってのがあるって聞いたことがあるけど。
AD 冬季うつ病(SAD)の病態は日照時間不足と直結しているため、光環境を最適化する非薬物療法(高照度光療法 :Bright Light Therapyなど)が効果的かつ根本的な治療的アプローチとされています。これは、一般的なうつ病治療で用いられる薬物療法よりも先に検討されるべき治療法とも言われています。
しかし、現在、すべての病医院がその設備を備えているわけではありません。
つる/白 個人でできることはあるのかな?
AD 季節性うつ病と確実に診断されたなら、家族等に支援していただけるならば、専門医の助言を得て、積極的な日光浴と活動増進策を試みてもよいでしょう。

脳内のセロトニン合成を促すため、まずは、毎日意識的に太陽光を浴びる時間を設けることです。屋外に出ることが難しい場合でも、南側や東側の日当たりの良い場所で室内日光浴を行う、自宅の照明を明るいものに変更する、あるいはカーテンを開けて室内を明るい状態に保つといった工夫も有効です。

また、冬季は寒さにより活動量(運動)が低下しやすく、これもSADのリスクを高める要因とされています 。運動不足はホルモンバランスや免疫機能の低下にもつながり、憂うつ気分を増幅させるため、冬季の運動機会の確保は、精神的健康に対する予防策の一つとして役立ちます。晴れた日の日中なら、買い物に出た際に少し遠回りをしたり、帰りがけに寄り道したりすることも活動量を増やす一法です。
つる 年末が近づくと、あれこれふだんと違う行事もあるしなあ。
AD つるさんの仰る通りです。
年末は、働いている人にとっては、通常の業務の多忙さに加え、心理的なプレッシャーが著しく増大する時期です。この時期に生じる不調に対して、「12月病」という通称もあります。

主要な心理的要因としては、まず一年間の成果や目標達成に関する焦りやプレッシャーが挙げられるでしょう。この時期は、自身の成果を振り返り評価する(査定される)機会が増えるため、達成度に対する不安や焦燥感を感じやすいといえます。また、新しい年を迎えるにあたり、「来年はどうなるのだろう」「自分の将来はどうなるのか」といった将来への漠然とした不安を感じやすくなることも指摘されています。

「12月病」の症状としては、季節性うつ病(SAD)の症状と重なる部分が多いようです。これは、SADによる生物学的脆弱性(セロトニン低下など)と、年末特有の業務・目標プレッシャーという心理社会的負荷が同時に発生する状況を意味しています。この「二重の負荷」がメンタルヘルス不調のリスクを相乗的に高めるメカニズムとなっているというわけです。

さらにこの時節は、社会的な交流の場が増え、これがストレス源となることも多いのです。

家族や親戚との集まりは、懐かしさや安心感を増やす好ましい体験となりうる一方、ときには家族関係に由来するストレス惹起の誘因ともなります。当然ながら、職場の人間関係もこの時期の重要なストレス要因になりうるでしょう。職場の人間関係悪化の多くは、コミュニケーションエラーやコミュニケーション不足に起因するといわれています。年末の多忙期においては、業務の進捗に関する互いの姿勢を共有し、それぞれ分担する仕事について相手に期待している内容をきちんと確認しておくなどのプロセスが疎かになりがちです。コミュニケーションの質の低下は他のストレス要因と相まって、心身の不調者-休職者の増加につながる恐れもつとに指摘されています。組織的なトレーニングを通じたコミュニケーションスキルの向上は、人間関係悪化の防止に非常に重要です。

長くなりましたので、最後に年末年始(とくに休暇中)の生活習慣の変化と精神的健康への影響について表にまとめておきましょう。
習 慣 心身への影響(メカニズム) 結果として生じる精神症状
睡眠リズム 体内時計の狂い、睡眠ホルモン分泌の不安定化、朝日の欠如 倦怠感、日中の眠気、活動意欲の低下、抑うつ
飲酒行動 脳機能、感情コントロール機能への影響、睡眠の質の低下 抑うつ傾向の悪化、メンタルバランス崩壊
食行動/消化器系への負担 血糖値の急変動、身体全体のエネルギー低下 倦怠感、注意・集中力の減退、イライラ感
職場生活とのギャップ 理想と現実の心理的落差、達成目標への焦燥感 仕事への抵抗感、不安、気分が沈む、意欲低下
こうしてみると,休むっていってもなかなか大変だね。
おれたちは一年中休暇みたいなもんだからいいけど。
つる せいぜい帰省した子どもや孫たちには、短期間でも、自由気ままに過ごしてもらうお手伝いくらいかな。