ふじみクリニック

年をとること、そして平和への願い

2026.03.02


紅白一本梅(2026年2月23日)

3月になりました(この記事は相変らず締め切りすぎの「2月分」ですが)。
2月終盤に久方ぶりの雨が降り、乾ききった街や野山を潤しました。そのあとの2月末にはずいぶん気温が上がり、いよいよ春の陽気かと思う間もなく、スギ花粉が山からなだれ込んできました。慌てて昨年の残りの抗アレルギー薬をのみ始めても、散歩に出た後は、しばらくくしゃみや涙が止まりませんでした[2023.2.19の記事]。早咲きの桜、梅、水仙などは華やかに野山を彩りましたが、冬のあいだ寒々しく裸の骨格をさらしていた落葉樹の林だって,遠目に見るとごくうっすらと赤みを帯びて、あれは木の芽が少しずつ膨らんできたしるしなのではないかと感じられます。

穏やかな日差しにつつまれた昼下がり、駅前のコーヒーショップのテラス席に、いつものご老人が陣取って何か話しています。

白髪老人
(以下「白」)
今日はほんとうに暖かいねえ。
つるりん老人
(以下「つる」)
うん。でもまだこの季節は油断できないよ。一日か二日で、こんなうらうらとした陽気から氷雨の日に変わったり、いきなり10℃くらい気温が上がったり下がったりすることがあるからね。あんなふうにもの言わず咲いているフラワーポットの花たちだって、この季節は震えたり汗ばんだり、ご苦労なことだ。
小さないのちの草花だけど、あんなふうに直に自然にさらされて、健気に/しぶとく生きているから、たしかに立派なものだね。
つる うん。いのちと言えばさ、世界の戦争は終わらないどころか、新しく喧嘩吹っ掛ける大国があるのはどうしたことだろう。
あの忌まわしい世界大戦前夜のようだ。
つる まったくだ。幸いおれたちは、すれすれで「戦後」しか経験していない世代だけれど、今はネットでガザやウクライナの戦火に焼かれた街や、傷ついた人たちの姿を目の当たりにできるというのに、何もできないなんて ……
…… 申し訳ないというか、悲しいというか …… もちろんそんな気持ちだけじゃ何の役にも立たないんだろうけど。
つる 東西両陣営の大国双方が、やらずぶったくりみたいな自己主張しかしない。
かつての力を失ったといえども、国連諸機関や難民救済の国際NPOへのささやかながらの寄付とか、国内でも外交手腕のありそうな政治家をみきわめて応援するとか。
つる まあ、そんなことでもしないよりはずっといいだろう。おれたち日本人が安全ならそれでいいって法はないと思うから。
そう思うよ。だけどおれたち生きてる間にも、この世界はいったいどうなっちゃうんだろう。
つる まあ、なんか …… 話変わっちゃうかもしれないけど、おれたち、あとどれくらい生きられるかっていう問題もある。
たしかにそのこと、最近ときどき考えるよ。まあ、正直言ってそう長くはないからね。
つる おれはさ、70年くらい生きてきたわけだけど、それにしてはちょっと恥ずかしい話、高校生の頃からおれの頭の中、変わってないというか進歩していないっていうか。
たしかにいろんなこと経験してきたし、それなりの苦労だって抱えながらここまでやってきたけどね、20年前の自分、30年前の自分を思い出すと、なんかね。
仮に神さまがあと10年か20年あげるよって言ってくれたとして、結局何もしないで終わっちゃうんじゃないかってさ。
おや、つるさん妙に悲観的だね。
つる そういうわけじゃないけど、まあおれ個人の人生っていうよりね、時間の感覚っていうか、大袈裟に言うと歴史意識っていうようなことを考えると何かさ。
なんか難しい話かい?
つる そんなのオレにできるわけないだろ、白さんと違ってさ。
あのね、こんなふうに考えるんだ。若い頃、「明治は遠くなりにけり」みたいな言葉聞いたことがあったよね。
うん。明治末期の韓国併合(1910年)とか、昭和になってからだって、敗戦前の満州事変(1931年)とか、2.26事件(1936年)とか、中学の社会の時に初めていろいろ知った(学んだ)んだよね。そんときは、昔は日本にもひどいことがあったんだ/ひどいことしたんだって、ぼんやり思ったくらいだけど。
つる そうだろ。でも昭和30年代(1955年~)に生まれたおれたちの世代にとって、明治維新(1868年)だって90年前後の過去のこと。真珠湾奇襲攻撃で始まった太平洋戦争(1941年)なんて、おれたちの生まれる前、ほんの20年に満たない過去の事件なんだよね。
今年二十歳になる若者は,2006(平成18)年生まれだから、その20年前って言うと、1995(平成7)年の阪神淡路大震災とかオウム事件は「生まれる前の話」ということか。
つる しかし20年って全然「遠い」過去じゃない。今から2、30年前おれたちなにしてたかって言うと、普通に仕事していて、そんな昔のことだなんて、とても思えない。
そりゃあ、あの凄惨な敗戦体験や、昭和20年を境にアメリカに占領されて政治体制が大きく変わった境い目前後の激動は、おれたちの世代はまったく経験していないから、単なる時計時間で同列に考えることはできないけどさ。
おれたちより50年若い(20歳台の)成人に昭和30~40年代のこと考えろっていうのは、時計の時間差だけで言えば、おれたちが20歳の頃に大正時代から昭和に入る頃(1910~1930年頃)の世情を想像しろってのと同じことになる。
こっちが連続的に考えている時間は、若い彼らとは同じではなく、おれたちの子ども時代、青年時代のことは彼らにとっては大昔のできごとで、おれたちがついこないだのことのように感じて語っていることも、若い人たちには、ときには「歴史上の事件」みたいに感じられているのかもしれない。
つる ちょっとしつこくなるけど、「1980年後半のバブル経済と1991年のバブル崩壊」の後に生まれた人は35歳以下、「2011年3月の東日本大震災の後に生まれた人は25歳以下ってこと。
今年ハタチの若者は、中学生時代に経験した新型コロナ禍の思い出(?)くらいしか、おれたちと共有していないってことか。
つる そうだね。別の視点から言うと、同じ時間を生きたとしてもその時の年齢や立場によって経験内容はまったく異なる。コロナで学校に行けなかったり、仕事を失ったりした人たちのつらさを、おれたちは経験していない。
第二次世界大戦の経験者や原爆被爆者が、もうほとんど生き残っていない実情を考慮して、「過去を忘れない」、「歴史の証言の重要性」、「平和のための共生社会」とか喧伝されるけれど、その一方で、移民とか社会的少数者への排斥的な発言が公になされる動きもあるよね。
つる いわゆる「世代間格差」って、そういう経験値から生じるだけの問題なのかね。
よくわからない。わからないけど、おれたちにも今のうち(それなりに頭が動くうち)に、何か伝え残すことがあるかもしれない。
つる うん、そうしないといけないような気もする。でも誰に何を。
つるさんとのこの対話でも記録しておこうか。
つる やめてよ、そんなこと誰もしてくれないし、言いたいこと言えなくなってしまう。
ははは、まあそうだな。しかし孫たちに伝えたいことがあるとしたら何だろう。
つる …… 人は一人じゃ生きられない。情けは人の為ならず ……
大事なことだ。
あ、自分の言葉じゃないけど、この前APさんに偶然会ったときに聞いた名言がある。アインシュタインのだって。
つる なに、それ相対性理論を唱えた、有名な物理学者のアインシュタインさん?
そう。正確な出所はわからないと言っていたけどね。
「第三次世界大戦がどのような武器で戦われるかはわからないが、第四次世界大戦は石と棒で戦われるだろう」
つる なるほど。きっとその通りだ。
じゃあおれも座右の名言集から一つ行くよ。
「和を以て貴しとなす」聖徳太子(十七条憲法 第一条)
やるね。う~ん、これはどうだ。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」 ― 宮沢賢治(農民芸術概論概要
つる おれたちの青春時代に一世を風靡した,あのイギリスの ……
ビートルズ? ジョン・レノンのソロ、イマジン!1971年だ。
つる そう!ちょっとアナーキーだけど忘れられないね。ジョンは、「平和にならなくちゃだめ」とは言っていない。「もし~がなかったら? そんな世界を思い描いてごらん」と歌っている。~に入るのは、戦争の原因や契機をつくる「国家・国境」、「宗教」、「所有(財産)」みたいなもの。
たしか最初の一節は
「天国も地獄もないと想像してごらん。みんなが『今日』という日のためにに生きている姿を」
つる ……こんな警句名言は、いくらでもみつかるんだけどね。
ほんとうだ。どうしておれたち、もう一度耳を傾けてみようとしないんだろう。