ふじみクリニック

「花粉症」のこころへの影響

2023.2.19


[2023/2/19 清瀬 畑の隅に]

まだまだ寒い日が続いていますが、ぽこぽこと気温が上がる日も混じるようになり、春遠からじと実感できる季節になりました。陽射しが柔らかくなって、眠っていた大地や田畑が緑の息吹に目覚めていく姿はこころ浮き立つものですが、花粉症を抱えている人にはゆううつな季節でもあります。毎日夜には、天気予報で明日の飛散量予測を見て服薬の量を調整したり、仕事中にくしゃみ鼻水や涙が止まらないときは、眠気などの副作用を覚悟で追加の薬をのむかどうか悩んだり、気苦労絶えない日々が続くからです。

花粉症に特有のこころの合併症があるわけではありません。けれども様々の心身のストレスが免疫機能を阻害し、花粉症を生じやすくさせることが知られており、また花粉症の症状のみならず、治療薬のために日常生活上の不便が生じることも珍しくはありません。

花粉症とは

花粉症とは、季節的に浮遊する花粉等をアレルゲン(抗原)として,目や鼻の粘膜で免疫反応が生じることによって成立します。

アレルギー性「鼻炎」のメカニズムとしては、鼻粘膜にふりかかる花粉などの抗原刺激により、肥満細胞からヒスタミン等のケミカルメディエーターが放出されます。そのヒスタミン等により、くしゃみ発作、鼻汁分泌が誘発されます。また、ヒスタミン、ロイコトリエン等は、直接血管に作用して血管透過性を亢進させ、鼻粘膜の浮腫(鼻閉)が生じます。症状の起こる経過をたどると、まず抗原刺激の直後からくしゃみ発作がみられますが、これは概ね10分程度で治まります。鼻汁はくしゃみ発作の直後から多量に生じ、くしゃみが収まった後も少量の分泌が数時間持続します。このような発生直後に起こる反応を「即時相反応」と呼びます。鼻閉は鼻汁過剰分泌にやや遅れて現れ、1時間程度で軽快する場合もありますが、人によっては10時間以上持続する場合もあります。この持続する鼻閉が「遅発相反応」であり、鼻汁中にはロイコトリエンや、好酸球、好酸球の放出する起炎物質の増加が認められます。

花粉症はこの即時相反応と遅発相反応の両方が組み合わさって起こる疾患です。花粉症はアレルギー反応ですから、スギやヒノキなど植物の花粉以外のアレルゲン-どの家庭にもあるほこりや、ダニやペットの毛、その他の微粒子など、その人にとって抗原性を有する物質にさらされることによっても同様の症状が現れます。そして眼の結膜にも、花粉アレルゲンによってこれらと同様の変化が生じます。中等症以上の患者さんは、くしゃみ・鼻汁だけでなく目のかゆみや流涙にも悩まされ、顔中ぐしゃぐしゃになってしまうというわけです。

周知のように、日本で最も多いとされるスギ花粉症は、敗戦後の復興のために大量に植林された杉の木が成長して大量の花粉を産出するようになった1970年代前後から急増し、地球温暖化による夏場の気温上昇がさらに花粉生産量を高めています。最近の調査では、軽症例も含めると日本国民の半数程度がこの症状に悩まされているということですから、命にかかわらないとはいえ、まさに「国民病」として、無視できない病態と言えるでしょう。

花粉症はまた、飛散する花粉の量だけでなく、私たち自身の側の問題もいくつも指摘されています。つまり、食生活の変化(欧米化)、それに伴う腸内細菌叢の変化や感染疾患減少の影響もあるといいます。最近の研究では、空気中の汚染物質や喫煙、ストレスの影響、都市部における空気の乾燥なども重要だということです。

花粉症の治療

花粉症の治療としては、アレルゲン吸入予防(マスク、空気清浄機等)、薬物療法(抗ヒスタミン薬、ステロイド薬、漢方薬など)、そして原因物質を少量から注射する減感作療法などが知られています。さらには軽症~中等症のアレルギー性鼻炎、花粉症にはアルゴンプラズマ凝固法による下鼻甲介粘膜焼灼術などの外科的治療法も開発されています。

花粉症の「精神症状」

先述のように、花粉症に直接起因する精神症状があるわけではありません。しかし、心身医学の分野では心理的ストレスが免疫システムの発動や異常に関与することが以前から知られています。

例えば、気管支喘息は代表的なアレルギー疾患ですが、薔薇の花粉に反応して喘息発作が誘発される人に対して、造花の薔薇を見せたり触れさせたりするだけで発作が生じうることが19世紀に報告されています。またわが国でも、ウルシで皮膚炎(かぶれ)を起こす患者に「ウルシの液を塗ります」と言って、ウルシ成分が含まれていない液を塗ることによって実際に皮膚炎が起こったという実験結果が、心療内科の草分けとして有名な池見酉次郎元九大教授らによって報告されています。(筆者注:現在では、被験者に害を与える可能性があるこのような人体実験は倫理的に許容されません。)睡眠不足、不規則な食事、過剰な労働などの心身のストレスは様々の疾患の誘因となり、花粉症もその例外ではないということです。

花粉症の最も身近な治療はマスク装着や薬物療法ですが、筆者自身の限られた経験で恐縮ですが、薬の効果と副作用のせめぎあいには毎年悩まされます。眠気は一番のつらさですし、涙や鼻水も困りものです。薬で鼻水や涙などの浸出液を抑えるということは、身体を乾燥方向に持って行くということですから、口の渇き(唾液分泌抑制)や便秘が必発です。医療者は人と話すことなしに仕事はできないので、いくらか時間のかかる説明や患者さんとのやりとりを交わしていると、途中で口を湿らせないと滑らかにお話しできないという事態に陥るからです。

最近では中枢神経への浸透性が低い(≒眠気が少ない)新しい薬剤がいくつか使えるようになっていますが、副作用が少ない薬剤は効果も乏しいという印象があり、困った問題です。くしゃみや鼻水を度々始末しながらのお話か、眠気や口の渇きに耐えながらのお話かどちらにしようかと、コロナによるマスク装着義務が解禁されたとしても、引き続き5月の連休明け頃まではうっとうしい日々が続きます。