2023.1.16
[2023/1/2 裏庭の林の中で]
「更年期障害」というと、女性特有の状態と考える人も少なくないでしょう。しかし、更年期障害に悩む中高年の男性は増えており、「メンズヘルス外来」などの専門機関も登場しています。
男性更年期障害では、加齢に伴う男性ホルモンの減少に関連して、何をするにももう一つ意欲がわかない、集中力や根気が続かないなどといったうつ状態、疲れやすさ、こんなところでと思うような自宅や道端で、ちょっとよろめいた時に己が身体を支えきれず転んでしまう(筋力低下)、骨がもろくなる、夜の営みが負担に感じる(性機能低下)などの心身にわたる症状群が現れます。インターネット上では、「LOH症候群(Late Onset hypogonadism〈加齢性腺機能低下症〉)」として解説されていることも多いようです。
男性更年期障害は男性ホルモンの減少を主要な生物学的要因として発症しますが、精神的・生活習慣的要因も重要視されています。そのため、男性ホルモンが顕著に低下した人にはホルモン補充療法がとられることもありますが、この年代特有のストレスに対応できるように生活スタイルを工夫し変える試みも治療法のひとつとして重要になります。男性更年期障害では、加齢に伴って必然的に変化する自身の心身と、どう折り合いを付けられるかがとても重要なのです。
男性ホルモンは主に睾丸の精巣でつくられ、筋肉や骨格をつくったり、脂質、糖代謝を促進したり、性機能を維持したりする役割のほか、脳の認知機能、精神機能(とくに積極性や自己主張性)にもかかわっていると考えられています。そのため、男性ホルモンが著しく減少すると、性欲や認知機能、精神機能が大きな影響を受け、性欲減退、だるさ、うつ状態などの症状が現れやすくなるわけです。
日本内分泌学会のHPから借用した上図のように、テストステロンの減少は30歳台からはじまるものの、低下のスピードやどこまで低くなるかといった水準には個人差があり、同じ年齢の男性同士でも大きく異なります。
男性更年期障害につながる男性ホルモンの減少は加齢が主要因であり、避けがたいものではあります。一方男性ホルモン減少は加齢だけではなく、ストレスが引き金になることもあります。現代の日本においては、経済的困難、少子化・核家族化に伴う孤立生活、定年後、日々の活動対象がみつからないなどの生活状況の中で、漠然とした(ときにはあからさまな)不安を抱えながら暮らす壮年期後期から初老期にある人々は珍しくなく、男性更年期障害を発症する方が増えている可能性があります。
逆に言うと、仕事にやりがいや充実感を持って取り組んでいる人、仕事以外にも打ち込める趣味を持ち、友人との関係性を絶やさず維持している人は、男性更年期障害の発症リスクは低いと考えられています。
男性更年期障害の正確な診断には、心療内科や精神科ではなく、少なくとも一度は泌尿器科や内分泌疾患を専門とする医療機関できちんと検査する必要があります。男性ホルモンの現況を評価する血液検査では、「総テストステロン」と「遊離型(活性型)テストステロン」を測定します。
男性更年期障害とうつ病は、類似した症状を呈します。AMS(Aging Male Symptoms rating scale)スコア(男性更年期障害にみられる症状がどれくらい当てはまるのかをみるためのやや詳しい問診票)もありますが、これを簡略化した以下のセルフチェック表なども有用でしょう。
男性更年期障害 セルフチェック | |
---|---|
1 | 性欲が低下した。 |
2 | 元気がなくなってきたように感じる。 |
3 | 体力や持続力が低下した。 |
4 | 身長が縮んだようだ。 |
5 | 毎日の愉しみが減ったように感じる。 |
6 | もの悲しい気分やいらいら感を感じやすく、怒りっぽくなった。 |
7 | 勃起力が弱くなった。 |
8 | 最近運動能力が低下したように感じる。 |
9 | 夕食後にうたたねしてしまうことが増えた。 |
10 | 最近仕事がうまくいかない、仕事の能力が低下したように感じる。 |
精神科医の立場からすると、いずれもうつ病、うつ状態の症候としても認められるものですが、やはり1や7項の性機能低下が必須であるという特徴があります。またうつ病よりも男性更年期障害の方が明らかな契機なく、緩徐に発症するのではないかとの印象がもたれます。
男性更年期障害では、治療の一環として男性ホルモン補充療法があります。日本では2~3週おきのデポ剤(持効性注射剤)筋注のみが使用可能です。注意しなければならないのは、もし前立腺がんが隠れていると、このがんを悪化させることになるため、事前に前立腺がんの有無の評価が必要です。具体的には、血液検査でPSAを調べたり、超音波検査等でスクリーニングを行います。男性ホルモン補充療法は、症状が重い人に対して適応になりますが、必ずしも全ての人に確実な効果が望めるというわけではないようです。
先述のように、男性更年期障害は日常生活のなかでのやりがい感の希薄化も重要な要因となっていますから、日常生活の中でやりがい感や充実感を感じられるような生活スタイルの工夫も重要です。ここら辺は精神科医の出番ともなるでしょうか。
ここまでは書物やネット情報のごくかいつまんだ紹介でした。
最近では、冒頭に触れたように、「メンズヘルス外来」とか「男性更年期障害専門外来」、さらに学会まである「アンチエイジング」外来など、老いに対抗して若さを保つ様々の方法や医療および美容的相談・治療機関があり、主に先進諸国で盛況しているようです。
けれども、不死の生きものはいません。残念な言い方になってしまいますが、老いることは必然であり、生きとし生けるものの死亡率は100%です。概ね成長にかかる期間の5倍程度が多くの生物寿命の自然限界と言われています。
それは仕方がないことですが、自己の変化を受け入れることはしばしば簡単ではありません。他の人から憐みの視線を受けることや、だれかの世話になることをプライドが許さないというのも身近に触れる事態です。
しかし年を取るのは悪いことばかりではありません。年を取って身体の衰えが避けがたいとしても、様々な経験を通じて人生に関する洞察が深まり、物事の見え方が変わってきます。性ホルモン減少に端を発する欲求や欲望の衰えは、一方で、闇雲に先を急いだ若いころの急ぎ足の日々の中では視野にも入らなかった道端の草花たちを、実に美しくこころに浮かび上がらせてくれるかもしれません。今日一日しかないとしたら、この一日をどのように過ごしたらよいかを考え、現世を去るまでにやり残したと思うことを一つでも実行して、粛々とその日を迎えたいと祈るばかりです。memento mori / Carpe diem の精神で。