ふじみクリニック

真夏の風

2022.08.11


[2022/8/10 清瀬市 上清戸稲荷神社の辺り]

熱暑の日々が続きます。6月末に早々と酷暑の週が訪れ、戻り梅雨のような雨模様の日がしばらく続いた後、ふたたび体温を超えるほどの酷暑週間が続いています。もちろん診察室はエアコンを利かせていますが、換気のため開けた10センチくらいの窓のすき間からはねっとりとした熱風が吹き込んできます。そんな日々ですが、久しぶりに昼の休憩時間が取れたので、思い切って散歩に出てみました。クリニックの入り口ドアを開けて、サウナのような空気の中に入っていきます。いちばん暑い時刻、スマートフォンの気象情報を見ると、「清瀬市 36℃」。「気温日本一」ではないけれど、このくらい暑いと不思議に、不快感を通り越して、もっとあつくなれ、暑さの中を泳ぎ切ってやる!みたいな、誰に対するわけでもない競争意識のようなものが芽生えてくるのは奇妙なことです。

駅舎自由通路を北口に抜け、いつものように西友ストアの裏からサカガミストアの前を通り過ぎて上清戸の広い畑地に行ってみます。歩いて数分すると背中がじっとりして下着代わりのTシャツが濡れてくるのがわかります。汗をかくのは健康のしるしだといつも言っていますが、こちらも前期高齢者です。午後の仕事に差し支えては社会人失格ですから、自販機でペットボトルの水を買い、なるべく日陰を伝うように歩きます。駅から数分のサカガミストアを過ぎると、昼下がりの道路に人影はありません。青空の真ん中でギラリと凄む太陽の下、日陰の一つもない吹きさらしの農道を辿り、小さな稲荷神社を囲む竹林の前に来ました。強い南風が吹き、風になびく竹の枝葉が竜の頭のように見えました。

稲荷神社の横に錆びた背もたれのベンチがあります。一人はふさふさとした白髪の、もう一人はつるりんと素敵に光る頭の二人の老人がベンチに座って何か話していました。(あれ、この人たち、5月に別の場所ですれ違った二人組のようです。)竹林を揺らす真夏の風が作る風景を眺めながら、二人の話に横耳をそばだててみました。

白髪老人
(以下「白」)
毎日こう暑くっちゃ、たまらないね。
つるりん老人
(以下「つる」)
「危険な暑さ」とか「猛暑日日数記録」とか、まあうるさいほどだね。ニュースを聞いてるだけで暑苦しくなる。
まったくだ。けれども記録的暑さとか、記録的豪雨とか、毎日のように「記録更新」だから、もう記録的と言われたって驚きゃしなくなったよ。
つる まあ、洪水で家が流されたとか、熱中症でおれたちみたいな年寄りが死んじゃったとか、笑い事や他人事じゃないけど、なんかなあ。
暑くたって、こんなふうに自然の風に吹かれてりゃ、クーラーの素っ気ない冷風よりなんぼかましってもんだ。
つる そうだよ。ただ、窓を開け放すのはお隣さんが近いから、ちょっとためらうけどね。
たしかにね。おれんとこも、3年前に隣の駐車場がなくなって10階建てのマンションが建っちまって、風なんか入らなくなっちゃったよ。
つる こんな田舎でもいろいろ変わっていくんだよな。
孫たちも大きくなってきて、塾だの、部活だのといって、夏休みでもあんまり寄りつかなくなってきたし。
つる ちょっと寂しい気もしないではないけれど、まあ順調に成長してるってことだろうよ。
そりゃそうだがね。
つる 地球温暖化とかSDGsとか、白さんはなんか努力してるかい?
サステナブル・デベロップメント・ゴールっていうのかい。まあ食べ残ししないようにとか、ゴミはちゃんと分別するとか、そのくらいはね。
つる おっ、ちゃんと横文字使えるんだ。
そのくらいはな。しかし、いちんちじゅうエアコン入れっぱなしの生活とか、何とかの一つ覚えのような政治家の「経済成長を果たす」なんてスローガンのままやってったら、そのうち地球を食いつぶすんじゃないか。
つる そうだな・・・でもまだまだ、お金に困って必死にその日暮らししている家はいくらもあるよ。
そんなこと知ってるよ。3軒隣の民生委員の福さんは、毎日一人暮らしのお年寄りとか、母子家庭とか、こまめに訪問して声をかけているから。
つる えらい話だなあ。外国から出稼ぎにきて給料をほとんど国に仕送りしている若者もいるよな。
そういう人たちの生活をちゃんと保障するために役に立つ「成長」ならいいけど、法人税の優遇とか、消費税アップとか、金持ちがもっと豊かになるための政策は御免だね。
つる そうなんだろうけど、法人税上げたら、企業は税金安い国に逃げて行ってしまうんだって。大企業はたいてい国際企業になっていて、そういう会社の経営者にはもう、生まれ故郷なんて考えはないんだから。
船舶の税金が安いパナマに便宜置籍するようなことだね。
つる こんな竹林があって、きれいな川に小魚が泳いでいて、蝉がわんわん鳴いて、みどりの風が吹く故郷はあんまり変わってほしくないよなあ。
つるさん、変わるのがこわいのかい。
つる こわいっていうより、寂しい気がしないかい?
うん・・・おれたち齢とったってことかなあ。
つる その日ご飯が食べられて、近くに通いつけの小料理屋さんがあって、困ったときに相談に乗ってくれる隣人が一人二人いて、借金しないで暮らせたら、それで十分だよ。
なに言ってんだよ、そんなの理想的な生活じゃないか。その一つだってうまく得られない人が・・・
つる いるってことはおれだって知ってるよ。だからさあ、なんか申し訳ない気もするんだよ、こんなふうに白さんと暢気におしゃべりしていられるってことが。