ふじみクリニック

記憶の障害について

2022.10.04


[2022/9/28 清瀬上清戸]

記憶障害をきたす様々な要因

記憶障害は、以下のようなさまざまな要因で現れます。

・加齢によるもの
・軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)
・認知症
・慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症、甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏症など
・脳血管障害や脳外傷、低酸素脳症などに後遺する高次脳機能障害
・うつ病
・心的外傷後ストレス障害(PTSD)など強い/深刻なストレスに関連する精神障害

厚労省の認知症啓発サイト[厚生労働省:政策レポート(認知症を理解する) (mhlw.go.jp)]におもしろい比喩を用いた解説がありましたので転載します。

記憶障害
 人間には、目や耳が捕らえたたくさんの情報の中から、関心のあるものを一時的に捕らえておく器官(海馬、仮にイソギンチャクと呼ぶ)と、重要な情報を頭の中に長期に保存する「記憶の壺」が脳の中にあると考えてください。いったん「記憶の壺」に入れば、普段は思い出さなくても、必要なときに必要な情報を取りだすことができます。
 しかし、年をとるとイソギンチャクの力が衰え、一度にたくさんの情報を捕まえておくことができなくなり、捕まえても、「壺」に移すのに手間取るようになります。「壺」の中から必要な情報を探しだすことも、ときどき失敗します。年をとってもの覚えが悪くなったり、ど忘れが増えるのはこのためです。それでもイソギンチャクの足はそれなりに機能しているので、二度三度と繰り返しているうち、大事な情報は「壺」に納まります。
 ところが、認知症になると、イソギンチャクの足が病的に衰えてしまうため「壺」に納めることができなくなります。新しいことを記憶できずに、さきほど聞いたことさえ思い出せないのです。さらに、病気が進行すれば、「壺」が溶け始め、覚えていたはずの記憶も失われていきます。

認知症については、上記の厚労省のサイトを始め、たくさんの啓発情報がありますから、今回はそれとは違ったメカニズムで生じる記憶障害について、いくつか簡単に解説したいと思います。

うつ病など他の精神疾患による「仮性認知症」

うつ病では、ゆううつ感(抑うつ気分)のみならず、意欲・集中力の低下(制止症状)、ほんらい好きだった対象や物事に対する関心が薄れて何事も楽しめなくなること(快楽消失;アンヘドニア)、不安・焦燥感や、心身の活動性の低下など多彩な心身の症状が現れます。こうした症状に関連して、自分でも「最近物忘れが多くなった」とか、「何かしようとしてもどうしたらよいのかわからなくなってしまった」などと認知症と誤認されやすい訴えが見られたり、周囲の人々にも「急に認知症が始まったのではないか」と懸念されたりすることがあります。

こうした症状を示すうつ病を含め、本来の認知症(アルツハイマー病、ピック病、脳血管性認知症等)ではなく、認知症様の症状や行動を示す状態を「仮性認知症」と総称します。通常の認知症とうつ病による仮性認知症の相違点を表にしてみましょう。

項 目 うつ病による仮性認知症 認知症
物忘れの自覚 保たれていることが多い 否認することが多い
物忘れに対する訴え 訴えることが多い:記憶のみならず、「精神面すべてがだめになった」等の訴え 訴えないことが多い:初期には訴えることもあるが、徐々に無関心になったり、盗害妄想に発展
気分の変化 ゆううつ感、無感動 少ない
本人の表現の仕方 「ボケてしまった。もうダメだ」 「誰かにものを盗まれた」
治療効果
(薬物療法、心理療法)
期待できる
自然寛解もある
無効ではないが、難治で進行的
脳の画像所見 なし あり(初期には目立たない)

せん妄状態

せん妄とは、意識混濁を基礎として、失見当識(現在の時間、自分の居る場所、家族・友人等なじみ深い人が誰なのか、などがわからなくなること)、錯覚、幻覚、妄想などを呈する意識障害の一型です。若い人でも、薬物中毒や大酒家の急な断酒、熱性疾患などで生じることがありますが、多くは高齢者において、入院などの急な環境変化や手術などのストレスをこうむった後に生じやすい病態です。

せん妄状態は、上述のような症状の急な出現と日内変動などを特徴としますが、原則としては一過性で回復するものです。

ただし、認知症の人では、同様な生活環境の変化や新たな疾患の重畳により、一般の人より生じやすいと言えます。逆に考えると、認知症診断を受けて療養中の人でも、何かあったわけでもないのに急に人が変わったように興奮を示したり、昨日まで認識していた家族や介護者がだれなのかわからなくなって混乱したりする際には、せん妄を疑い、新たに他の病的要因(飲酒、薬剤の副作用、脳血管障害等)が加わった可能性について専門医の診断をあおぐ必要があります。

解離性障害

いくらか変わった記憶の障害に解離性障害という病態があります。

代表的な症状は、「解離性健忘」というものです。これは、主に、一定の強度や深刻度を有する心的外傷性ストレスによって生じ、自分に関する重要な情報が全面的にあるいは部分的に想起できなくなるという状態です。したがってその正確な診断は、薬物の影響を除外し、さらに脳波検査や脳CT(MRI)検査等によって、てんかん、認知症や他の身体疾患を除外した上で、下されます。

解離性健忘の性質は以下のようです。

・数分から数十年に呼ぶ記憶の空白期間がみられる。
・自分の名前、住所、年齢、これまでの暮らしの記憶(エピソード記憶)などが全面的にあるいは部分的に失われる。
・しかし、言葉の知識・対話力・計算力、その他手続き記憶に属するもの(車の運転能力とか、楽器の演奏能力など)は保持される。

本人の訴えからすると、

・ある期間の記憶がぽっかりと抜けている。
・いつもの職場に出勤したつもりが、別の会社の前にいた。
・一人暮らしの人が、朝起きてみたら、テーブルの上にお菓子の空袋や飲み物の空き瓶が転がっていた。
・買った覚えのないものがポケットやバッグに入っていた。
・どうやってそこに来たのかわからないまま、見知らぬ町ではっと我に返った。

周囲の観察によると、

・突然姿を消し、捜索願を出すと遠くの町で発見された。
・夜半に突然起きだして、外に飛び出して行ったり、刃物を持つなど危うい行動をとる。
・昨日会ったばかりなのに、それを覚えていない。
・メールが頻繁に来るので、一体どうしたのかと問うと、そんなメールを送りつけた覚えはないという。

症状の病的度合いや回復過程には広い幅があります。ときには失踪して遠い町で別の姓名を名乗って何年も暮らしていたというケースや、挙動不審で警官に保護されたが、自分の名前も居所も思い出せないので、そのまま精神科病院に長期入院を余儀なくされたというケースもあるといいます。

何とか受診にこぎつけた場合に、本人の生活を知る家族や友人等から、最近のできごとを聴取して、明らかな心的外傷体験-(交通事故に遭う、深刻な被災体験、重要な人物との死別ないし離別、犯罪被害、また日本では幸いほとんどありませんが、戦闘体験など)が認められれば診断は比較的容易です。自身や自分にとって大切な人の生死に関わるほどのストレス体験ではなくても、例えば、恋愛関係の破局とか、一心不乱に受験勉強に打ち込み、模試では合格ラインに入っていた第一志望校に不合格となったり、就活で何十回も面接に落ちたりといった体験もまた、解離性健忘の発症契機となります。初診時にそうした体験が明示されなくても、治療の中で過去の不遇な生活体験や、幼少期にこうむった様々の心的外傷体験が浮上してくることもあります

解離性障害の治療は、環境調整(現在の生活の安全感を高める)と心理的治療が中心となりますが、治療を行う者には、この病態に関する知識とやや特殊な技量が必要です。症状が持続する際には、治療経験が豊富な医師や心理臨床家を探すことが必要になるでしょう。