ふじみクリニック

物忘れ競争

2022.11.08


[2022/11/8 清瀬市 上清戸]

清瀬の畑に育つのは、秋人参とキャベツとブロッコリー。おなじみの上清戸の畑で人参は春秋の2回収穫されています。清瀬市の人参は都内一の収穫量(約46%)を誇り、様々に工夫を凝らして製品化されています。コラム子はJAとは何の関係もありませんが、ネットで調べると「人参焼酎」まで開発されているようです。その名も粋な「君 暮らす 街」。

そんな畑を囲む土肌の残る細道の曲がり角で、例の二人組シニアがあいさつを交わしながら立ち話していました。

白髪老人
(以下「白」)
おや、つるさん、久しぶりだね。元気だったかい。この前会ったのは・・・
つるりん老人
(以下「つる」)
いやだね白さん、もう忘れちまったのかい? この前は暑い季節の・・・7月か8月か・・・おれもはっきりは覚えてないんだけどさ、そんな昔じゃなかったと思うよ。
最近なあ、めっきり物忘れがひどくなってなあ。おれもいよいよ認知症が始まって、そろそろ年貢の納めどきかなと時々感じるんだよ。
つる 白さんみたいな街のインテリゲンちゃんが何弱気言ってんだ。
うん、弱気ってわけじゃないけど、人の名前が出てこない。通帳のハンコとか、どこにやったかわからない。スーパーに行って買おうと思っていた物を何か一つか二つ必ず買い損なってしまう、メモ書きするようにしたら、メモを家に忘れてきてしまう。市役所や年金事務所から来た書類を記入しようと思うと、どこかに行ってしまっている、なんてことがね。
つる そんなことくらい、おれたちの年になれば誰だってあるよ。
財布や通帳はすっかり出てこないかったのかい?人の名前が出てこなくて相手の方にもう一度聞きなおしたりすることはどのくらいあるんだい?
まあねえ、今のところ財布や通帳は一所懸命探してどうにか見つけ出してはいるんだけどさ。人の名前も、芸能人や有名人とか、少し前に読んだ小説の著者とかの名前は出てこないけれど、友人や知人の名前は顔を見れば、まあぼちぼち思い出すかな。
つる 生活に大きな支障がなければ、いいんじゃないか。今歳はたしか・・・
あと半年で75だよ。
つる そうだったね。おれは白さんより2歳ちょっと若いけれど、新しく出会った町会の人の名前は覚えられないし、通帳のハンコなんて、ついに見つからないんで、先日新しい大型のハンコを作って、全部替えたんだよ。息子には内緒にしたけどね。手続き、めんどくさかったなあ。指紋認識通帳とかカードなんてのもあるけれど、あれだと本人しかお金をおろせなくなるし。それから朝痛風や高血圧の薬を服んだかどうかとか、役所からの書類の締め切り日とか、てんでだめだね。カレンダーにつけてても見過ごしてしまうんだよ。
あとね、嫁さんが年寄りもスマホくらい使えなきゃってんで、何年か前から画面の一番大きいの選んで使ってて、まあそれなりに便利だとは思うんだけどさ、インターネット絡みのパスワードなんて全然覚えられない。要求されるたびに、書き込んだスマホのメモ帳見て確かめるんだよ。
つる はは、スマホ落としたら一巻の終わりだね。
そういうことだよ。嫁さんには首からぶら下げといてって言われて、こんな首掛け紐渡されたよ。
つる あら、洒落たストラップじゃないか。使わないならおれにくれよ。
いや、嫁さんに叱られるから。
しかしまあこうしてみると、若い頃ってあんなにあれこれ覚えることが多かったはずだが、それなりに事が運んでいたのはどうしてかなとおもうよ。もしかして、昔はおれたち頭よかったのかしら。
つる (笑いながら)そうだったらいいんだけどね。
だけど、年取ってからの方がいろんな物事抱えているのかもしれない。
たしかに。携帯電話なんかなかったから、充電器につないだままバッグに入れ忘れたりすることはなかったし、クレジットカードも持ってなかったから暗証番号なんて覚える必要なかったし、好きな俳優さんや歌手も一人か二人くらいだったし、マイナカードとかパスポートなんて取る必要なかったし。
つる しかし白さん、忘れたら困ること、よくそれだけ列挙できるね。
うーん。おれ・・・もしかしたらほんとに記憶力いいのかも。
つる そうだ、そうだよ。それにさあ、人生の中で覚えておきたいことと、忘れてしまった方が楽なこととどっちが多いかって言ったら・・・
・・・そうだな。楽しかったことだけ覚えていられたら、ほんとにハッピーなんだけどなあ。

記憶のことなど考える必要のない畑の人参やキャベツは、朝露にしっとり濡れていきいきと、その息遣いが聞こえるようです。