ふじみクリニック

捨てられない人-「ためこみ症」について-

2022.12.14


[2022/12/2 清瀬 松山保存林]

「断捨離」という言葉

年の暮れ、大掃除の時期になると「断捨離」という言葉をよく耳にします。この言葉がはやったのはいつ頃からだったでしょうか。何か仏典にでもある一句かと少しだけネットをあたったら、ヨガの行法哲学『断行・捨行・離行』の頭文字を取ったもので、日本人が短縮して自著に引用し、またそこからより世俗的な意義を付加して何ごとか提唱する人がおり、またこの言葉を商標登録している人まであるようです。「断捨離」のルーツはともかく、要らぬもの使わぬものを整理して旅立ちの前に身ぎれいにすることは、決して悪いこととは言えないでしょう。

もちろん世の中には、この先一度も使わないだろうと頭でわかっていても捨てられないものもあります。想い出の染みついたアルバムやレコード、若い頃に読んだ書き込みのある小説本など。個人の日記は-遺産の一部になるかもしれない文筆家のものなど除けば-まあ消滅した方がよいものかもしれません。

捨てられない人

一方、捨てられない生き方が昂じてはた迷惑になることもめずらしくありません。時に年末ニュースの埋め草のように使われる「ゴミ屋敷」などはその最たる例でしょう。精神医学的にみると、強迫神経症の仲間の人たちです。本人から主要な悩み事として提示されなくても、家族が困って相談を持ち込んでくることもあります。

新聞紙、広告雑誌、段ボール箱、かけた茶碗、ペットボトルやスーパーのポリ袋、果ては買い物レシートまで捨てられず、しかも整理されないまま積み重なっていきます。天井まで届くような雑誌の山や、黄ばんでほこりだらけの古い新聞紙の厚い束を何のために捨てずにおくのかと家族が訊けば、もしもテレビやラジオが使えなくなったとき、昔のことを調べたかったらどうしたらよいのかと応えます。オイルショックの時のようにトイレットペーパーが品切れになったらどうするのかなどと言ったりもします。それなら、その「昔のこと」はそこに積みあがった新聞紙やら広告やら雑誌の山の何処にあるのか、あなたにはわかるのかとさらに訊き返すと、そんなのはその時になって調べるからいいのだとぷつんと対話は途切れてしまう。

自分の部屋や家の中に納まっていればまだよいけれど、じきにベランダや物置や庭も埋め尽くされて、しかもその中に有機物(腐った缶詰とか、食べ滓の残ったカップラーメンの容器とか、タバコの吸い殻とか、枯れた鉢植えのサボテンとか・・・)が混じっていることも多いものですから、悪臭が漂い、カラスがつつき、隣近所は大いに迷惑することになるわけです。ゴミがいよいよ敷地の外まで、他人の土地や公道に溢れ出せばさすがに市役所や警察の生活安全課など行政も介入することが可能となりますが、まずは注意喚起して、それに応えて一時でも敷地内にゴミを回収すれば、それはその御仁の所有物となりますから、闇雲に強制廃棄することはできないのだそうです。

ためこみ症

米国精神医学会による公式診断基準(DSM-5:2013年)には、こうした状態を「ためこみ症(hoarding disorder)」として、強迫症の一亜型に包含させています。

ためこみ症とは、実際の価値とは無関係に、所有物を捨てること、手放すことが持続的に困難であることによって特徴づけられる。この困難により、生活空間が散らかって物であふれ、その空間の使用目的が大幅に損なわれるところまで所有物が蓄積される。ためこみ症は、青年期に軽症で発症する場合が多く、加齢とともに徐々に悪化し、30代半ばまでに臨床的に意味のある障害を引き起こす。本障害の時点有病率は2~6%(!いつものことながら、欧米の報告では有病率は高いものです:筆者)と推定されている。

― ためこみにより安全ではない生活環境(例:火事の危険性を生み出したり、転倒リスクを高めたりすることによる)を生じたり、立ち退きまたは法的問題を招いたりする可能性がある。

私たちも一つや二つは持っている「コレクション」は、自分の小遣いや給料で賄える範囲で行われる限り、他者の迷惑になることはあまりないということで、次のような付記があります。

収集家(例:書籍やフィギュア)は、ためこみ症患者と同じく、多数の物を収集して保管するが、ためこみとは対照的に、収集物は整理され、体系的であり、機能や家庭環境の安全性を著しく損なうことはない。

とは言いますが、若い女性を連続誘拐・監禁・殺人する犯罪者を描いたゲイリー・フレダー監督、モーガン・フリーマン主演の映画(1997)に『コレクター』と名付けられていたことを思い出すと、その境界は必ずしも鮮明ではないような気もします。DSM-5にも、『動物ためこみ』に関する言及があります。

― これはためこみ症の一種で、多数の動物を集めるが、動物の健康状態(例:体重減少、疾患)および/または環境(例:極端な過密状態、非常に不衛生な状態)が悪化しても、十分な栄養、衛生対策、および獣医学的ケアを与えないものである。(衛生管理の行き届かない多頭飼育は動物虐待です。これは日本でも、法律によって取り締まることができます:筆者)

診断基準には次のような項目が列挙されています。

  1. 実際の価値とは無関係に、所有物を捨てること、または手放すことに困難が持続的に認められる。
  2. 捨てることの困難さは、物を取っておくことが必要であるという思いこみ、および物を捨てることに伴う苦痛によるものである。
  3. ためこまれた所有物で活動のための生活空間(すなわち、地下室や保管室ではない)があふれて散らかり、その空間の使用目的が大きく損なわれている。
  4. ためこみにより、著しい苦痛または社会的機能、職業機能、もしくはその他の領域の機能が障害される。
  5. 他の精神疾患に起因したものではない。(例えば統合失調症者の妄想や認知症による心身機能障害など。)

「モノに対する執着」か、はたまた「捨てることの恐怖」のどちらが強いのでしょうか。私見では「捨てること ⇔ 捨てられること」のような反転した心理的力動が深層に窺われるケースがしばしば見られるので、後者の病理が優勢かと感じています。

さて、残された半月で、あなたは大掃除する予定はありますか?