ふじみクリニック

プラセボ効果とは

2023.3.14


[2023/3/10 清瀬 けやき通り沿いの農家の庭に]

3月に入って気温の高い日が続き、枯れたようにくすんだ灰茶色の幹や枝からコブシやハクモクレンの大柄な花がポンポンと咲き、街は春色に染まりつつあります。駅から少し歩けば、河津桜など早咲きの桜や紅白の梅の中で、まだ見ごろの花をつけている樹木もあります。同じ木でも陽当たりのよい枝先から花開き葉が茂っていくのはあたりまえといえばその通りなのでしょうが、咲き遅れた花が若葉の中にポツンと残る姿も悪いものではありません。

さて、先回の花粉症の話の中で、「ウルシで皮膚炎(かぶれ)を起こす患者に『ウルシの液を塗ります』と言って、ウルシ成分が含まれていない液を塗ることによって実際に皮膚炎が起こったという実験」について触れましたが、心の動きが身体に生理学的/解剖学的変化を生じさせることがある例は他にもたくさんあります。

今回は、新しい薬を開発するときに必ず考慮しなければならない「プラセボ効果」について簡単に解説したいと思います。

プラセボ効果とは

プラセボ効果(placebo effect)とは、有効成分が含まれていない薬(薬のような形態を持ち、薬だといって手渡される、人体に意味のある変化をきたさないはずの物質)によって、症状の改善や副作用が自覚される現象を指します。薬理学的にはありえない副作用の方をプラセボ効果と区別して、ノセボ効果(nocebo effect)ということもあります。

その物質が本来有していない効果を表すのは、暗示の影響、処方した医師との関係性(信頼感または不信感)、そして自然治癒力などが要因とされていますが、新たな薬を開発する際には邪魔になる現象です。新薬になりうるとされたある化学物質が、効いてほしいと切望する患者さんや医師の側に、その期待ゆえに短期的には「効果あり」と評価される可能性があるからです。そのため、プラセボ効果を排した客観的な評価を保証するために、新薬の効果および副作用の判定には「二重盲検法(double blind test)」を行うことが必須です。多数の患者さんを対象として、評価対象とする薬剤と外形も味も似せた偽薬を使って、被験者の患者さんにも処方/評価する医療者の側にもその薬が本物(実薬)か偽薬かを知らせないまま服用効果を判定するというものです。最終的に、実薬が偽薬よりも明らかに(統計学的有意差を以て)有効であることが証明されて初めて、その薬は広く臨床使用の舞台に上がることができるというわけです。

プラセボの「実力」

placeboという言葉は、英語とフランス語で同じ表記ですが、ラテン語の「私は満足するだろう」という動詞が語源となっています。プラセボの素材として用いられる乳糖や澱粉は一体どのくらい患者さんの病に効くのでしょうか。

新しい薬剤が開発され、上述の二重盲検法をクリアして(日本では)厚労省に承認されると、その薬は病院やクリニックで使えるようになります。その薬の対象疾患や症状が決まっているとはいえ、個々の医師は初めて使うのですから、製薬企業のMRさん(営業担当および薬剤情報提供者)からあらかじめその薬剤に関する様々の情報を受け取ります。その薬剤の開発の経緯、適応疾患(症状)、効能と副作用等に関して臨床試験結果の詳しい説明を受けるわけです。そのような機会に筆者がいつも感じることは、うつ状態や不安状態、また睡眠障害に対する薬のプラセボ効果の大きさです。

一般的に言って、不安・緊張感や気分の異常、痛みを主症状とする病態についてプラセボ・ノセボ効果は大きくなることが知られています。そういう点では、心療内科や精神科の患者さんにこの効果が強く現れやすいことは十分に予測できます。それにしても、動物実験で一定の効果が検証された薬剤も、人を対象とした臨床試験を進めてみると、プラセボとの効果の有意差が認められず、巨額の開発費にもかかわらず最終的に製品化が断念された薬剤が、過去一つや二つではなかったことには驚かされます。あるいは服用初期のプラセボ効果の大きさは、ほとんどの薬剤で実薬と同水準にあることも知らされます。プラセボだけ使って経過を見てもよいタイプの症状や病態もないとは言えないように考えられるくらいです。

プラセボ効果だけをあてにできるか

大小はともかく、すべての人には「自然治癒力」が備わっているのだから、十分な栄養と休養を取らせ、医療者との信頼関係に基づいて行われる的確な生活指導などによって、その自然治癒力を最大限に活かせばよいではないかと思われるかもしれません。無害の物質を「特効薬」だと言い含めてプラセボ効果が発揮されるのを期待するのはどうなのかと問われるかもしれません。

しかし・・・そう簡単にいけば高度先進医療など要らず、国の財政に大きな影響を与える新薬の開発も必要ないということになります。残念ながら、偽薬は効果の検証された実薬の代わりにはならない一方で、幸運なことに、放置しては命に関わる病に冒された患者さんをほんとうに救う薬剤も数えきれないほどあるのです。心療内科・精神科ではほとんど用いられませんが、抗生剤や副腎ホルモン製剤、血圧調整剤などはその最たるものでしょう。

プラセボ効果の大きさは個人によって大きく差があり、長続きするものではないのに対して、その疾患や症状に対する効果の検証された薬は、多くの患者さんに安定した治療効果を発揮します。大切なことは、薬を処方された患者さんの方は、その薬の効果と副作用についてわからないことがあれば何度でも医師に尋ね、服用後の効果や副作用に関する実感を遠慮なく医師に伝えることです。医師の側では、どんなことでも患者さんやご家族から問われた際には丁寧に説明し、効果が現れない薬は漫然と処方しないことが重要と言えるでしょう。