2024.09.30
[2024.9.26 清瀬 松山 保存緑地]
今回は「アルコール問題」についてのコラムです。
最初にお断りしておかなければなりませんが、アルコール依存症をきちんと治療するためには、アルコール依存症や薬物依存症などの嗜癖病態に関する治療プログラムを備え、ソーシャルワーカー、看護師、心理士など医師以外のメディカルスタッフによるチーム医療が可能であり、できれば入院設備を備えた医療機関であることが必要です。残念ながら当院にはそうしたシステムはありません。アルコール問題を自覚したご本人や、困っている家族の方が受診可能な医療機関を探すには、インターネット情報を検索するのもよろしいですし、より確実には保健所、保健センター等*の「精神保健福祉相談」窓口にご相談ください。
(*清瀬市周辺地域では「多摩小平保健所」ですhttps://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kenkou/tokyokaigi/madoguti/seishin.html )
ようやく涼風が吹きわたり、秋空の下、公園のベンチでくつろぐお二人の対話に、まずは耳をすませましょう。
つるりん老人 (以下「つる」) |
やあ白さん、やっと秋が来そうだね。もうこんなに落ち葉が。 |
白髪老人 (以下「白」) |
迷走台風やら、年明けの地震で大変な思いをした能登半島を再び襲った大雨とか、中東/ウクライナ戦争とか、世の中あいかわらず落ち着かないけどね。 |
つる | 最近では、暑い季節が終わったと思ったら、あっという間に冬という感じもあるね。 |
白 | 短い秋を静かに愉しみたいところだけど。秋の夜長を過ごすには、夏の冷えたビールより日本酒のぬる燗かな。 |
つる | まったく賛成だね。 だけど、大きな声じゃ言えないけど、この春就職したばかりの孫のひとりがさ、8月にあった会社の納涼会で、ビールだかサワーだか飲み過ぎて、あげくぶっ倒れて救急車騒ぎになったって聞いて、びっくりだよ。 |
白 | おやおや、急性アル中ってことかい。 |
つる | そうだよ、救急外来で点滴してもらって、翌日には何ともなかったからよかったけど。 |
白 | 飲みすぎたのか、飲まされたのか。 |
つる | どっちにしてもね、まあ爺さんから説教なんかしてもしょうがないと思ったけど、この前うちに来た時孫が自分から打ち明けてくれたんだ。本人は、もう飲まないって言ってたけどさ、きっと無理だから酒の飲み方をいくらか教えてあげたよ。 |
白 | 酒の飲み方かあ。教えるっていっても難しいよね。アル中になるぞって脅かしても、なんかただ脅かしてるだけみたいだし。 |
つる | そうなんだ。若い頃の、まだ飲酒機会がさほど多くない時期には、自分がどのくらい飲めるのか、飲んでる最中にどのくらい酔っているかわからないもんだし。何度か失敗して、「ほどほどの」飲み方っていうのを徐々に体得していくわけだろうし。 |
白 | そうだね。おれもさ、救急車とまではいかなかったけど、30歳手前頃までは、はめを外して翌日使い物にならなったって経験が何度かあるよ。 |
つる | へえ、理性的な白さんがね、意外だね。 |
白 | あんときはさ、嫌な上司がいてね。おれの仕事にいちいち難癖付けてきて、こっちも切れ気味になっててさ。職場の先輩が親切に話を聴いてくれたのはよかったんだけど、愚痴を聴いてもらううちに、もう一度腹が立ってきてさ、馬鹿みたいに飲んじまってね。おごられ酒っていうのもあったかな。 |
つる | だけどさ、おれたちけっこう酒好きだけど、この年まで一応、酒のために身上つぶしてないし、おまわりさんの厄介にもなってないし、なにより家族や友だちとの関係にも格別の支障はなかったよな。 |
白 | まあ、大体のところはそうだな。少なくともおれたち自身はそう思っている。 |
つる | 急性アルコール中毒はともかく、どうしてアル中になる人とならない人がいるんだろう。「酒の強さ」ってことかなあ。 |
アルコール依存症は病気なの? | |
白 | 今日はさ、二人でスマフォいじって調べるの大変だからさ、エア・ドクターにお出まし願うってのはどうかな。 |
つる | エア・ドクター? Chat GPT みたいなやつかい? |
白 | まあそんなもんさ。早速聞いてみようよ。エア・ドクターさん(以下AD)、よろしくね。アルコール依存症って、「病気」なんだよね。「こころの病気」なの? |
AD | はい。自分でコントロールできず、身体面、精神面双方の健康を害し、さらに社会的にも大きな障害を生じさせうるという点では、「病気」といってよいと思います。 |
つる | ADさん、はじめまして。それじゃあ、何か脳みそに問題があるんですか? |
AD | アルコール依存症(以下「ア症」)の原因は今でも全て判ってはいません。いわゆる「ストレス」を契機にして飲酒行為で気晴らしするうちに、アルコールという物質/薬物によって一時的に心理的苦悩が緩和されることから常習化に至ると考える人が多いようですが、そうした飲み方をしてもア症にならない人はいくらでもいます。 |
白 | っていうと・・・遺伝性とかあるんですか? |
アルコール依存症の生物学的/遺伝的要因 | |
AD | あります。 10,000組を超える双生児の縦断研究から、依存症者の半数近くの人には遺伝要因が関わっていることがわかっており、それは男女共通とされています。 その理由の一つには、アルコールを分解する酵素を作る遺伝子による違いがあります。アルコール分解酵素とアルコール代謝物であるアセトアルデヒド分解酵素が活発に産生される人はア症になりやすいとされています。また、具体的な遺伝子はまだ特定されていませんが、環境(外部からの刺激やストレス)による影響の受けやすさというものにも遺伝性があり、これがア症の発症しやすさと関係しているという研究報告があります。しかしもちろん、遺伝要因だけではありません。 |
つる | なるほど。おれたち、酒は好きだったけど、たしかにある程度飲むとその場で呂律が回らなくなったり、ふらふらしたりして、こりゃやばいって思うから、そこらへんで水やウーロン茶に替えてたな。 強くなくてよかったってことか。 |
白 | そういえばいくら飲んでも顔色一つ変わらず、平然としている奴がいたなあ。 でもそいつは翌日も仕事休むことはなかったし、酒で問題起こすこともなく、定年まできちんと勤め上げたよ。ただ …… 2年前に進行膵癌と診断されて、あっという間にあの世に逝っちまったけど。 |
アルコール依存症とがん | |
AD | その方個人の膵癌発症にアルコールが関連していたと断定することはできませんが、アルコールの発がん性はよく知られています。厚労省のHPを見ると、次のような解説があります。 「世界保健機関(WHO)は、飲酒は頭頸部(口腔・咽頭・喉頭)がん・食道がん(扁平上皮がん)・肝臓がん・大腸がん・女性の乳がんの原因となると認定しています。アルコール飲料中のエタノールとその代謝産物のアセトアルデヒドの両者に発がん性があり、少量の飲酒で赤くなる体質の2型アルデヒド脱水素酵素の働きが弱い人では、アセトアルデヒドが食道と頭頸部のがんの原因となるとも結論づけています。」 |
つる | これは、ア症になる、ならないっていうだけでなく、どんな飲み方をしても結局のところ酒が毒水だってことですかね。 |
AD | まあ、そう言えないこともありません。HPの同じページには次のような記述があります。 「アルコールはアルコール脱水素酵素(ADH)の作用でアセトアルデヒドに変わり、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)の作用で酢酸に変わります。アルコールとアセトアルデヒドには発がん性があり、このふたつの酵素の働きが弱い人が飲酒家になると頭頸部・食道の発がんリスクが特に高くなります。頭頸部・食道のがんは1人に複数発生する傾向がありますが、飲酒と喫煙とは相乗的に多発がんの危険性を高め、さらにALDH2の働きが弱いと特に多発がんが多くみられます。コップ1杯のビールで顔が赤くなるようなことが、現在または飲酒を始めた最初の1~2年にあった人では、約9割の確率でALDH2の働きが弱いタイプと判定されます。飲酒に加え喫煙と野菜果物の摂取不足も同部位の発がんリスクを高めます。」 |
白 | あれ、それなら、酒が強い → ADHやALDHの働きが強い → がんになりにくいってこと? |
AD | 酵素の働きが強かったとしても、アルコール摂取量の問題があります。弱い人はたくさん飲むと不快になりますから、酒嫌いになりやすい。生物学的/体質的にアルコールに強い人で、加えてア症になるような遺伝性以外の要因も抱えている場合には、いくら酵素が頑張って働いたって処理しきれない大量のアルコールやアセトアルデヒドに連日さらされることになりますから、癌と縁が遠いわけでは全然ありません。 |
つる | なるほどね。ところで、遺伝性以外の要因って、ストレスとか? |
アルコール依存症の危険因子(心理社会的要因) | |
白 | でもストレスフリーな生活なんてないよな。 |
つる | う~ん。子ども時代の経験とかは関係あるのかな。 |
AD | アルコール依存症は男女に関係なく、また様々な年齢で生じる病気です。依存症が中年男性に多いことは以前からよく知られており、最近の調査でも、男性に多いことに変わりはありません。注意すべきことは、最近は若い女性の依存症が増えていることです。 発症年齢については、男性の方が女性より若いという意見と性差はないという意見があります。しかし習慣的飲酒を開始してから依存症になるまでの期間は女性の方が短く、女性は男性より早く依存症になりやすいことが知られています。その原因として、同じ量のアルコールを飲んでも女性の方が血中濃度が高くなりやすいこと、女性の方が男性より飲酒による肝障害やうつ状態などの精神科合併症を起こしやすいために、飲酒問題が発見されやすいことなどが考えられています。 一方で、男女関係なく飲酒を開始する年齢が早いほど依存症になる危険性が高いことが知られています。飲酒開始が1年遅くなるたびに、後にアルコール問題を起こす可能性は4~5%低下するとも言われています。 さらに生まれる前、お腹の中にいる間にお母さんが飲酒して胎児期にアルコールに曝露された場合は、障害を持って生まれてきたり、成長期や成人後に攻撃的な行動・うつ病・不安・アルコールを含めた薬物嗜癖問題が発生する危険性を高めたりします。妊婦さんの飲酒は、ときに「胎児虐待」行為として扱わなければならないこともあります。 若い人や女性だけでなく、高齢でアルコール依存症になる人も増えています。退職や大切な人との死別などの出来事がきっかけになることも多いようです。少子高齢化が進み、3世代同居のような家族形態がほとんどなくなり、高齢者が孤立しやすいという事情も関連しているでしょう。 |
つる | あのADさん、ストレスっていうのは…… |
AD | もちろん大いに関係します。しかし、特定のストレスがア症発症に関係するわけではありません。 少し古い論文になりますが、人間関係上のストレスが生じやすく、ア症になりやすい人の個人的要因を、斎藤学(1984)は、「その人がしらふのときに何に不足を感じているか」という点に注目して、次のように三つのタイプに分けて論じています。 1)不安の鎮静を求める飲酒者 2)パワー幻想を求める飲酒者たち 3)逃避と自己破壊を求める飲酒者たち の三つです。 [斎藤学:飲酒者の自我における対象関係の水準.アルコール依存症の精神病理,金剛出版,p 1-32,1985] |
白 | どうもむずかしいね。1)と3)はなんとなくわかるけど、2)の「パワー幻想」って何? |
AD | 「幼児的万能感」というか、「ほんとうはオレはすごいんだ」みたいな、酩酊によって浸ることができる幻想のことです。酔って「気が大きくなる」といったよくある体験のモンスター版といったところでしょうか。 斎藤は精神分析学の理論を用いて詳しい考察を加えていますが、この3類型をやや乱暴に言い換えてしまうと、以下のようです。 1)は、不安や緊張感を緩和するために飲酒し、その有効性にしがみついて、飲酒が習慣化するうちに逃れられなくなる人たち。 2)は、ご質問のように、ちょっと難しいです。このタイプの飲酒者は、自分が理想とするあり方と他者からの評価が現実の対人関係の中で乖離する〈ずれる〉(誰でも多少の乖離はあるものですが)体験を通じて、しばしば不安にさらされたり、抑うつ的となったりします。そこで酩酊の中で退行する(心理的に幼児化する)ことによって幻想的な/誇大的な自己評価を得て、ほんの束の間、不安や抑うつから自由になるというメカニスムによって依存症が形成されるというわけです。 プライドが高くて、しかし実際には自己評価が低い人ともいえるでしょうか。自分なんかダメだと心の底では自信がぐらついていて、それを補うために必死に働いて頑張っている(過剰適応している)のに、他者から自分の理想像(プライド)に合致した評価が得られないと、ひどく落ち込んだり、あるいは反発してすごい勢いで怒ったりする傾向のある人ともいえるでしょうか。 |
つる | むずかしいね。でも、そんなことはさっきからAD先生が引用している厚労省のHPには書いてないよ。 |
AD | そうですね。たしかに、厚労省のHPには「ア症の危険因子」として、以下の5項目が挙げられているだけです。 1)女性の方が男性より短い期間で依存症になる。 2)未成年から飲酒を始めるとより依存症になりやすい。 3)遺伝や家庭環境が危険性を高める。 4)家族や友人のお酒に対する態度や地域の環境も未成年者の飲酒問題の原因となる。 5)うつ病や不安障害などの精神疾患も依存症の危険性を高める。 パーソナリティ要因や心理的要因についても、さまざまの研究が行われてきましたが、アルコール代謝酵素の問題のようには客観的データとしてわかりやすく示しにくいという事情があります。 また、厚労省の公開する啓発HPの中で「予めの性格が関連する」などと書いたら、閲覧者が「じゃあ結局本人の問題じゃないか」とか、「性格は病気じゃないし、治るものじゃないよね」などと安易な理解(誤解)に陥り、ア症患者に対する偏見を助長する可能性を懸念したのではないでしょうか。 |
白 | 病前のパーソナリティですか。たしかに、「三つ子の魂百まで」とか言うしね。 |
AD | それです。そういう考えを捨てていただきたいのです。 「遺伝」と言いましたが、現在の知見では、「遺伝形質」の一部は「環境要因」によって現れたり、現れなかったりすることが知られています。つまり、ある遺伝子を持っていても、それが「悪さ」をするか否か―遺伝情報が表現型として発現するか否か―が生後決定されることがあるのです。その遺伝子が効果を発揮するかどうかは、生まれてからの環境要因によって左右されることがあるということが分かっています。この領域を、「エピジェネティクス(後成遺伝学)」とか「遺伝子-環境相関」とか言いますが、また別の機会に解説できたらと思います。 強調しなければなりませんが、パーソナリティを一気に「治す/変える」ことは難しくても、自身の考え方や行動パターンの弱点と強み双方を自覚して、ストレス対処力を向上させ、パーソナリティの成長を目指すことが重要だということです。そしてそれは困難であったとしても、治療と支援を継続すれば、不可能ではないということを知っていただきたいのです。 |
白 | わかりました。ADさんの意見に同意します。おれもまだまだ未熟だから、死ぬまで成長をあきらめていないから。 |
つる | しっかり分かったとは言いにくいけど、おれ、ADさんがア症の人たちやその家族に、治療をあきらめるな、助けを求めろって言ってるのかなというのは何となく分かったよ。 |
アルコール依存症の発症プロセス | |
AD | ア症の人が書いた本がいくつもあります。普遍的に通用するかどうかはともかく、当事者の体験談は大切です。例えば、コラムニストの小田嶋隆さんは次のように書いています。 「なんでアル中になっちゃうんでしょうね? 私もさんざん訊かれました。みんな理由を欲しがるんですよ。その説明を欲しがる文脈で、アル中になった人たちは、「仕事のストレスが」とか、「離婚したときのなんとかのショックが」とか、いろんなことを言うんです。だけど、私の経験からして、その手のお話は要するに後付けの弁解です。『失踪日記2~アル中病棟』の吾妻ひでおさんも言っていました。アルコホリックス・アノニマス(AA)の集会や断酒会など、両方に顔出して、いろんな人のケースを聞いたけど、結局さしたる理由はないことがわかった、と。「こういう理由で飲んだ」とこじつけているだけで、実は話は逆。(中略)実際の話、嫌なことあって酒飲むとすっかり忘れられるかというと、そんなことはありません。あたりまえの話です。むしろ、飲みすぎちゃったってことが逆に酒を飲む理由になる。あるいは、お酒がない、入っていないと、正常な思考ができない、シラフだとイライラしてあらゆることが手につかなくなる、そういう発想になっていくから飲む。」 [小田嶋隆「上を向いてアルコール」、ミシマ社、P14-15、2018] |
白 | そういえば、中島らもの「今夜、すべてのバーで」っていう小説か体験記かわかんない本を読んだことがあった。この作家、酩酊状態で階段から転落して脳挫傷をきたし、50歳過ぎの若さで亡くなったんだけど、警察に捕まったこともある筋金入りのアル中・薬中だったらしい。でもあの本には、入院体験も含めて、アルコール依存症に関する当時の精神医学や心理学の知識が満載されていた。 [中島らも:今夜、すべてのバーで.講談社,1991] |
つる | でもそういうことなら、酒(アルコール)に麻薬みたいな効能があるってことですか? |
AD | アルコールは、一定の血中濃度の範囲では、気分をリラックスさせ、解放感や多幸感 ― すなわち快の感覚をもたらしてくれるという点で「麻薬」的作用を持っています。 ただ、“酒飲まなきゃいい人なんだけどね”みたいな話をきいたことはありませんか。ふだん大人しくて、あまり自己主張しない人が酔うとびっくりするような過激な、攻撃的な言動を行う人がありますが、それは「人格が変わった」わけではなくて、日ごろ自身の感情を抑え込みがちな対人関係特性や内向的性格傾向が逆転して表されたものです。アルコールは少量(ほろ酔い状態)では、脱抑制的に脳神経に作用し、大量(泥酔状態)では、脳神経系を大きく抑制します。場所をわきまえず寝てしまったりするわけですね。 |
白 | でもさ、ほろ酔い状態って、捨て難いんだよな。 |
つる | うん、うん。日ごろ言葉にしたら小恥ずかしいことも、なんとなく言えちゃう。 |
白 | それも「脱抑制」か。 |
AD | ア症ではない人のわずかな「脱抑制」なら、たいして有害ではありません。厚労省HPはよく書かれているので、また引用させてもらいます。 「アルコールには依存性があり、麻薬・覚せい剤・タバコ・睡眠薬などと同じく下記のようなプロセスを経て依存症という病気に至ります。習慣的に飲酒していると、まず耐性が形成されます。耐性とは同じ量の飲酒でもあまり効かなくなってくることです。いわゆる『酒に強くなってきた』状態で、少量の飲酒ではあまり効果がなくなり、同じ効果を求めて徐々に酒量が増加していきます。 そして、精神依存という症状が現れます。精神依存とは簡単に言うと『酒が欲しくなる』ことです。酒がないと物足りなくなり飲みたいという欲求を感じるようになります。さらに精神依存が強くなると、酒が切れてしまうと家の中を探したり、真夜中でもわざわざ出かけて買いに行くような行動が現れます。」 [https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-05-001.html] |
つる | 酒が切れると、手が震えたり、冷や汗かいたり、そんなのもあるよね。 |
AD | それは「身体依存」という問題です。 「耐性・精神依存が形成され、長年ある程度の量の飲酒を習慣的に続けていると、しまいには身体依存が出現します。身体依存とは、文字通り酒が切れると身体の症状が出ることで、酒を止めたり減らしたりしたときに、離脱症状と呼ばれる症状が出現するようになります。代表的な離脱症状としては、不眠・発汗・手のふるえ・血圧の上昇・不安・いらいら感などがあり、重症の場合は幻覚が見えたり、けいれん発作を起こしたりすることもあります。酒を止めるとこのような症状が出現してしまうので、症状を止めるためにまた飲酒するという悪循環となり、ますます酒を止めることが難しくなります。」 [同上厚労省HP] |
飲酒と暴力 | |
白 | 酒飲んで家族に暴力ふるう人もいるよ。DVとア症の関係って? |
AD | これは大変重要な問題です。DV(domestic violence)、子どもの虐待、高齢者虐待と、飲酒下では先述のように脱抑制的となって日ごろのうっぷん晴らしが現れやすい状態が生じます。ア症といわれる状態に至った人は、しばしば仕事を失っていたり、借金に喘いでいたりしますから、その理由を妻や親たちに転嫁して八つ当たり的に暴力をふるったり、過度な飲酒を諫める友人、知人にも乱暴なふるまいを示すことがあります。 |
つる | DV起こす人のどのくらいの率がアルコールと関連しているんですか? |
AD | 日本ではまだ大規模な調査研究はありませんが、刑事処分を受けるほどのDV事件例では犯行時の飲酒は67.2%に達していたという報告があります。激しい暴力事件では、飲酒との相関がより強いようです。あたりまえのようですが、日本では飲酒下の暴力は男性に多いという特徴が指摘されています。またア症者においては一般人口に比較し暴力問題が頻繁にみられ、断酒後には激減することから、依存症レベルでは飲酒と暴力との関連は明確といえます。 その一方で、アルコール問題を持つ者に対する家族からの暴力もあります。特に女性のアルコール依存症者は、夫をはじめとした家族からの暴力を受けやすいようです。しかしながらDVの原因は飲酒だけではなく、夫婦関係、生活歴、経済状況など様々な要因が関与しており、飲酒とDVとの因果関係は非常に複雑で、全容は分かっていません。 [参照:https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-06-005.html] |
白 | 子どもの虐待っていうのはとくに気になるなあ。 |
AD | これも厚労省HP(同上ページ)から。 「児童虐待とは、18歳未満の児童に対してその保護者が「身体的虐待や性的虐待」「養育の放棄・怠慢(ネグレクト)」「心理的虐待」を行なうことをいいます。厚労省の報告によると、児童相談所における児童虐待相談対応件数は、統計の開始された平成2年(1990年)度以降増加の一途をたどっており、平成19年(2007年)度に至っては4万件を超えています。(筆者注:2022年度の対応件数は約22万件!) 児童虐待のリスク要因はいろいろと考えられていますが、その中でも重要な一因として、両親の飲酒・酩酊およびアルコール乱用・依存症が挙げられます。しかし残念なことに、児童虐待に対する飲酒の影響についての詳細な調査・研究は本邦では皆無に等しく、今後の課題と考えられます。」 ただ、ひとつ留意しておかなければならないのは、ア症と、「酔ったときにトラブルを起こす」ということとは同じ問題ではないということです。後者は「酒乱」とよばれ、依存症の人でなくても起こすことがあります。酔ったときに何かトラブルを起こしたとしても、たまに(月に1、2回とか)しか飲酒しない人はア症ではありません。「病的酩酊」という別の概念もあります。その反対に、酔ったときに周りに迷惑をかけるようなことをしなくても、飲酒がコントロールできなければアルコール依存症といえます。 むしろほとんどのアルコール依存症の人は、静かに酒を飲んでいるものです。それでももちろん、身体的健康も、家族関係も損なわれていくことが多いのです。 |
つる | 「病的酩酊」って? |
AD | 酩酊の分類としては、Binderのものが有名です。 普通に酔っている状態から病的な酩酊状態までを3つに分けます。まず単純酩酊と異常酩酊に大きく二分され、異常酩酊はさらに、症候学的に、単純酩酊とは量的に異なる複雑酩酊と、質的に異なる病的酩酊に分類されています。 病的酩酊では、意識障害があり、単純酩酊や複雑酩酊とは質的に異なる状態像を呈します。幻覚が生じたり、見当識が失われることがあり、周囲の状況を認識することがほとんど不可能になっています。一緒にいる他人からすると、理解不可能な言動を繰り返し、幻覚・妄想や状況の根本的な誤認から重大な犯罪に及ぶこともあります。飲酒中に突然、周囲からは理解不可能な激しい興奮や粗暴な行動を起こし、本人は翌日にそのことを覚えていない(健忘状態)のが特徴です。病的酩酊は飲酒量がそれほど大量でなくても起こることも特徴です。病的酩酊が証明されれば、刑事責任は原則的には「無能力」と認定されます。 |
白 | そりゃ怖いね。そういう人は「酒に弱い」っていうべきなのかな。 |
つる | そうなんだろうな。ところで……治療っていうのは? |
アルコール依存症の心理・社会的治療 | |
AD | 紙数も尽きてきたので、これはまた厚労省のHPにお任せしましょう。 「アルコール依存症の治療では、心理・社会的治療が大きな役割を果たしています。代表的な介入法として、認知行動療法・動機づけ面接法・コーピングスキルトレーニングなどがあり、有効性も実証されています。日本でもGTMACKと呼ばれる新しい入院治療プログラムが開発されています。」 [https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-05-007.html] |
白 | しかし、なんかさ、ADさんの話聞いてたら、酒飲むの、ちょっと怖くなってきちゃったよ。 |
つる | 「酒は百薬の長」なんて聞かされても来たけれど。 |
白 | いや、実際少量のアルコールが循環器疾患の予防やHDLコレステロールの増加に役立つという研究報告があるらしい。 |
つる | 少量ね。ADさんが紹介したHPには、一日純アルコールで40g以下って書いてあった。日本酒なら2合以下だね。 |
白 | おれとして肝に銘じておくことは、①なるべく一人で飲まない、②寝酒はしない(睡眠薬代わりにしない)、③飲まない日を作る、④酒のために食事を抜かない、⑤酒以外の愉しみごとを作る ― くらいかな。 |
AD | 今日はアルコールの有害性を解説してきました。その一方で、古今東西、酒が文化と共にあることも事実です。ほとんどの国や地域では、冠婚葬祭の儀式や祭りの席で酒は登場します。またたいていの宗教の神殿には酒が供えられてもいます。 つるさんが「酒は毒水」といったのは医学・医療的には正しい意見です。しかし必須栄養素の脂肪、たんぱく質、炭水化物だって、摂りすぎれば高脂血症や糖尿病を惹き起こします。 白さんの自己規律はとても良いですね。 結局のところ、「酒が悪い」のではなく、酒によって誘導される悪しき(不健康な)コースに、自身が入り込みやすいのか否かを知ることが大切です。あなたの飲み方は危ないよと指摘してくれる友人や家族の言葉をどうか謙虚に受け止めてくれたらと願うものです。 |
つる | ADさん、今日は詳しい解説ありがとう。また来てね。 おれは白さんとの友情を一生大事にするよ。 よっしゃ。白さん、今日はADさんのおかげでしっかり勉強できたから、一杯やって帰ろうか。 |
白 | 「40g」以内にね。 |